「バベルの塔を見た。」創世記11章1~9節

バベルとは別名バビロンで、創世記の塔のことを示すときだけバベルと呼ぶ習わしになっているようです。聖書では、人間の神への反抗、政治的傲慢、罪や快楽、富、滅びなどを示す言葉として使われています。人間が、神を信じないで自分たちの繁栄と力を貯え、謳歌する姿です。

  ウィーンの美術館では、裸の絵ばかりでした。日本人と会うと美術館巡りをしたと嬉しそうに話し、何時間見ても飽き足らないと言っていましたが、キリスト教画を含めて、ヌードばかりなのに辟易しました。確かに、オーストリアには太った人がおらず、健康的なのには感心しましたが、ローマ文化由来の肉体礼賛があり、性道徳も退廃しているようです。

 見事で荘厳な教会堂が多くありましたが、その一つで礼拝を持ったのは100名程で旅行者が半分ほどでした。カトリックも第二バチカン公会議以降、教皇庁の中央集権化を是正し、聖書中心の聖霊の教会作りを目指していますが、「時既に遅し」の感で、教会堂は芸術的遺物のようになっていました。ドナウ川クルーズの拠点にある壮大なメルク修道院は、修道士の生活や信仰生活を掲示するものはなく、その展示は芸術的な観点だけで創作されていました。

 宮殿や王宮の見学では、観光的には絶世の美女であったエリザベートがもてはやされています。その夫である最後のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ皇帝は、君主は神によって国家の統治権を委ねられたとする王権神授説を固く信じて疑わない人物であり、朝4時に起きて、祈りの時間を持った後、一日中働き続けた敬虔な人でありながら、民衆の自由や民族性を否定したので、民族戦争が相次ぎ、息子や妻を暴漢によって殺されることになります。その厳格な生活は、愛する妻からも拒まれ、強い信念と努力は、交流と寛容性が無い故に国を亡ぼすことになっていきます。

 世界中どこに行っても印象深いのが中国人観光客です。有名な楽友協会のコンサートには、中国人ツアーの人々に溢れ、あの優雅なコンサートをTシャツと半ズボンで、幼児連れで高額な席に座り、演奏中におしゃべりをし、時間が来たら曲が終わった途中で大挙して帰ってしまうのです。翌日の宮殿コンサートでは会場が狭いこともあり、中国人ツアーは断っているということが宣伝文句になっていました。ともかく、世界中で中国の進出と影響力の強さが大きなものになっています。ホテルでも、家族が大声で論じながら食事をし、自分たちの成功と力を確信しているかのようでした。教会員に中国人も多くなりましたが、失礼ながらこれもバベルと感じ、終末の滅びに繋がるものであると意識しました。

 日本人ツアーは、コンサートや美術館巡りに勤しみ、美食を求め、これも経済的余裕を持った人々の退廃的な姿と感じました。私たちの方は、ホテルの朝食を詰め込み、水は高いので節約した妻が体調を崩しました。

野菜も肉も非常に安く、人々も温和で治安も良く、自然も麗しく、さざ波のドナウ川も安らぎを与えるオーストリアで、「バベルの塔を見た!」というのは、皆さんにはショッキングかもしれません。「名をあげよう。」(4)、「彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。」(6)という危険性を私は感じたのです。

 自己主張、排他的繁栄を求める人が、人生としては成功したとしても、幸せを得ることは難しいものです。「彼らが互いに言葉が通じないようにしよう。」(7)という中で、自らの要求、主張、利益を抑えても、相手を受け入れ、交流を保つことができないと、夫婦間でも、友人間でも、職場でも、ましてや教会でも、仲良く、幸せにはなれません。「何事でも、自分にしてもらいたいことは、他の人にもそうしなさい。」(マタイ7・12)とあるのが、聖書が命じる幸せと祝福のための黄金ルールです。

 私たちが訪れたシェーンブルン宮殿は、マリア・テレジアによって造られた開放的家庭的なものでした。彼女は、父のカール6世の死後(1740)23歳の時に後継者となり、若い娘だと侮った諸国の侵入に毅然として対抗し、乳飲み子を連れてハンガリーに行き助けを求め、ハプスブルク家とオーストリアを守ったのでした。形式的にフランツ1世皇帝となるシュテハンと異例な恋愛結婚をして16人の子どもを産みます。1765年に夫が死ぬと自らの豪華な衣装や装飾品を全て女官たちに与え、死ぬまで喪服で暮らしたそうです。末娘マリー・アントワネットの浪費と遊び好きを戒め、身を亡ぼすことになると多くの手紙を出して忠告をしています。画期的な義務教育を始めて、小学校を作り教科書を配布した上で、地域ごとの言語での教育を認めています。彼女の部屋には、自分の子供たちの絵が飾られ、別な部屋には民衆の子ども達の絵が飾られていました。

  ドイツ語しか表記もアナウンスもないオーストリアでは、多くの失敗をしました。普段、十分な体力づくりをする暇のない妻を気遣い、休みを十分とったつもりでしたが、それでもストレスがあったようです。ただ、失敗と困難を繰り返しながら、労り会うことができたのは、長い夫婦生活の賜物だねと話し合いました。旅では、多くのことを祈り、考えました。波もなく流れるドナウ川の中に浮く杭には水しぶきが立っていました。穏やかな流れのように見えるけれども、十分な水が勢いよく流れているのでした。私も、水面下では労苦をし、大河のような豊かさと強さを持ちながら、穏やかな生活を過ごしたいものだと思いました。バベルの塔のような、自己利益の追求と顕示欲は滅びの法則です。

創世記11章1~9節

  • 11:1 さて、全地は一つのことば、一つの話しことばであった。
  • 11:2 そのころ、人々は東のほうから移動して来て、シヌアルの地に平地を見つけ、そこに定住した。
  • 11:3 彼らは互いに言った。「さあ、れんがを作ってよく焼こう。」彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青を用いた。
  • 11:4 そのうちに彼らは言うようになった。「さあ、われわれは町を建て、頂が天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから。」
  • 11:5 そのとき【主】は人間の建てた町と塔をご覧になるために降りて来られた。
  • 11:6 【主】は仰せになった。「彼らがみな、一つの民、一つのことばで、このようなことをし始めたのなら、今や彼らがしようと思うことで、とどめられることはない。
  • 11:7 さあ、降りて行って、そこでの彼らのことばを混乱させ、彼らが互いにことばが通じないようにしよう。」
  • 11:8 こうして【主】は人々を、そこから地の全面に散らされたので、彼らはその町を建てるのをやめた。
  • 11:9 それゆえ、その町の名はバベルと呼ばれた。【主】が全地のことばをそこで混乱させたから、すなわち、【主】が人々をそこから地の全面に散らしたからである。