「神の家族に紛れ込もうとする人々。」 使徒5章1~11節 

価値のあるもの、素晴らしいものには、偽ものが必ず現れます。世の中を誠実に生きている人々は、それを知っており、或はその偽ものによって痛い目にあっているので、関わり合いません。また、誠実かつ真実な人の交わりや組織を形成し保つには、犠牲を払い、働かなければならないことを受け入れています。

 救いは、無償のものであり、神の国に迎えられることも信仰に依ります。ところが、無償であり、信仰だからこそ、その決定権は神にあるという怖さを意識しない人がいるようです。

 日本では、レストランや店で横暴に振る舞う人がおりますが、外国では直ちに追い出され、却って訴訟されることがあります。人や組織に対して横暴に振る舞っても、罰を受けないということは、その国をダメにしていきます。日本のような閉鎖社会では、巡りまわってダメージを受けるのですが、外国では、直ぐに罰を受けます。

 親や上司に対する不服従は、その庇護を受けられなくなるのですが、日頃愛され守られて過ごしていないと、従順は身に付きません。同じことが、神に対してもあり、従順を身に付けていない人は、神の祝福を受けられません。ローマ書の冒頭と巻末にあるように「信仰の従順」(ローマ1・5、16・26)は、信仰の奥義です。 

 終末には何が起こるのでしょう。「偽キリストたち、偽預言者たちが現れて、できれば選ばれた者たちをさえ惑わそうと」(マタイ24・24)するのです。さらに、「空腹であったり、渇いていたり、旅人であったり、裸でいたり、病気をしていた」(同25・44)人を世話しなかった人を「やぎ」(同25・33)としてより分けるとイエス様が言われます。つまり、洗礼を受け、奉仕をし、指導者になっていたクリスチャンにも「やぎ」がいると語られるのです。

 当教団の信仰綱要には、「救いの証明」として、「救いの内的証明は、御霊の直接的あかしである。すべての人に対する外的証明は、義とまことの聖を備えた生活である。」とあります。神は、毎日の生活の中で、私たちに働きかけながら、聖なるものとしているのです。

 犯罪者や罪人は、自分の犯した罪や過ちを認めることができません。平気で罪を犯し、偽りを言うのです。アナニアとサッピラの言動を確認してみましょう。彼らは嘘を言って教会の地位を得ようとしたのです。

「アナニアという人は、妻のサッピラとともに土地を売り、妻も承知のうえで、代金の一部を自分のために取っておき、一部だけを持って来て、使徒たちの足もとに置いた。」(1)。ペテロは、それが教会における地位を獲得するための策略であり、教会をこの世の組織と同じように金で左右できるものと考えたからであることを気が付きました。

「売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由になったではないか。どうして、このようなことを企んだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」(4)というペテロの言葉を聞いて、アナニアは直ぐに息が絶えました。

後から来た妻のサッピラも、8節の答弁をしたので、ペテロは、「なぜあなたがたは、心を合わせて主の御霊を試みたのか。見なさい。あなたの夫を葬った人たちの足が戸口まで来ている。彼らがあなたを運び出すことになる。」と言うと即座に妻も死にます。

教会の奥義と祝福が凄いからこそ、偽者が入り込むのです。彼らは、経験に神を信じることはなく、教会を乗っ取ろうとしたのです。神は、神を信じて過ごすことが生半可ではいられないことを示し、教会には「大きな恐れが生じた。」(11)のです。

パウロは、「妬みや争いからキリストを宣べ伝える者もいます」(ピリピ1・15)と嘆き、「ある人たちの罪は、裁きを受ける前から明らかですが、他の人たちの罪は後で明らかになります。」(Ⅰテモテ5・24)と神に委ねています。

日本基督教団が「新天地」という韓国の新興宗教による教会乗っ取りの事実を報告しています。「この団体は、既存の教会に熱心な信徒を装った若者を送り込み、その信徒がやがて役員となり、従来の役員を入れ替えたり、牧師を追い出したりして、教会ごと新天地の教会に変えてしまういわゆる「乗っ取りタイプ」のカルトである。この団体は、時間をかけてでも計画的に教会の信徒や財産を奪っていくものであり、注意が必要である。」(教団新報2015.2.21.)。この教祖は自分をイエス・キリストの再臨と主張し、信者は31万人いるそうです。

終末とは、このように赤裸々な罪が侵され、教会が浸食され、信者が試される時代です。しかし、真実な信者は、試練があっても守られ、助けられ、イエス様に迎え入れられるのです。「身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、吠えたける獅子のように、誰かを食いつくそうと探し回っています。堅く信仰に立って、この悪魔に対抗しなさい。ご存知のように、世界中であなたがたの兄弟たちが同じ苦難を通ってきているのです。

使徒5章1~11節

  • 5:1 ところが、アナニアという人は、妻のサッピラとともに土地を売り、
  • 5:2 妻も承知のうえで、代金の一部を自分のために取っておき、一部だけを持って来て、使徒たちの足もとに置いた。
  • 5:3 すると、ペテロは言った。「アナニア。なぜあなたはサタンに心を奪われて聖霊を欺き、地所の代金の一部を自分のために取っておいたのか。
  • 5:4 売らないでおけば、あなたのものであり、売った後でも、あなたの自由になったではないか。どうして、このようなことを企んだのか。あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。」
  • 5:5 このことばを聞くと、アナニアは倒れて息が絶えた。これを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。
  • 5:6 若者たちは立ち上がって彼のからだを包み、運び出して葬った。
  • 5:7 さて、三時間ほどたって、アナニアの妻がこの出来事を知らずに入って来た。
  • 5:8 ペテロは彼女に言った。「あなたがたは地所をこの値段で売ったのか。私に言いなさい。」彼女は「はい、その値段です」と言った。
  • 5:9 そこでペテロは彼女に言った。「なぜあなたがたは、心を合わせて主の御霊を試みたのか。見なさい。あなたの夫を葬った人たちの足が戸口まで来ている。彼らがあなたを運び出すことになる。」
  • 5:10 すると、即座に彼女はペテロの足もとに倒れて、息絶えた。入って来た若者たちは、彼女が死んでいるのを見て運び出し、夫のそばに葬った。
  • 5:11 そして、教会全体と、このことを聞いたすべての人たちに、大きな恐れが生じた。