2021年10月17日

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今週のメッセージ
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「高ぶる者を遜らせる神。」ダニエル4章30~37節

バビロンは、ユーフラテス川をまたいで広がる紀元前7~4世紀では世界最大の広大な城壁都市で、現在のバグダッドの南90キロ程にありました。創世記11章のバベルの塔が建てられた所で、古代から王国があり、最高の繁益期がネブカデネザルの新バビロニア帝国でした。二重の城壁は内側が厚さ6.5mで外側が厚さ3.5mもあり、広さ900ヘクタールの強大なものでした。古代の7不思議の一つである空中庭園もあり、大通りは舗装され、両側には像が飾られている荘厳なものでした。ネブカデネザル王が王宮の屋上から眺めて、30節のように誇り高ぶるのも当然なほど権威あるものだったのです。

しかし、その一年前に神は夢で王に警告していました。王国が強大になって王が高慢になると、神は王を狂人にして「あなたは人間の中から追い出され、野の獣とともに住み、牛のように草を食べて、天の露に濡れることになります。」(25)とダニエルが預言するのです。

「高慢になって、悪魔と同じさばきを受けることにならないためです。」(Ⅰテモテ3・6)とあるように、悪魔は神の主権に逆らって天使長として思い通りに支配しようとしてので、戻ることができない高慢になってしまいました。ネブカデネザルも強大な帝国の帝王ですから高慢になって当然で多くの責任と戦いの中で興奮状態にあり、精神的にも危ういところでした。

初期の頃の教会員ですが、自動車の販売で断トツの売り上げを続け、休みなく働いていたのですが、お酒を飲んだ後、他人の家の炬燵に入って寝込んでしまい、お漏らしをしてしまいました。そして、そのまま精神病院に入れられてしまいました。家族からも縁を切られ、怒りと絶望感で症状は重くなる一方でした。教会に来て魂を救われたのですが、思い通りにならないと興奮して攻撃するので、幾つかの教会を追い出されました。この教会に来ても興奮することは度々あったのですが、次第に落ち着いてきて、週に何回も来てチラシ配布をしてくれました。思い通りにならないことを受け入れざるを得ないことを悟ったのです。

ネブカデネザルが狂人になったのは、神の一方的な介入だ、罰だ、などと考える人は、神の働きが人の思惑を無視した非人格的なものだと捉える人です。それでは、信仰の人格的成長はありません。「患難が忍耐を生み出し、 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。」(ローマ5・3.4)という過程が信仰生活です。

思い通りに人生を生きようとし、人に従うことが身についていないと、精神状態が不安定になり、攻撃的になります。王という立場、生まれも現代社会では理解されないかもしれません。イギリスの王族や日本の皇族なども、生まれながらに高い地位を持ち、またそれを保持することが使命ですから、精神的には不安定になるものです。

信仰者もまた、不自由、思い通りにならない生活、試練や艱難が続くと、全能の神を信じ従っているのに何故、と不安定になる人がおります。それは、教会で、信者に神は人格的、信仰的成長を願い、取り計らっておられることを教えられていないか、或は、考え方として思い通りにならないことに不満を覚えてしまうからです。

「私、ネブカデネザルは目を上げて天を見た。すると私に理性が戻って来た。」(4・34)。彼は、自分が愚かな存在であることに気が付いたのです。そして、思い通りにならないことに野獣のように怒り狂い、敵意を振りまいている惨めな自分に気が付いたのです。私は、「恐れるな。虫けらのヤコブ、イスラエルの人々。わたしはあなたを助ける。─主の御告げ─あなたを贖う者はイスラエルの聖なる者。」(イザヤ41・14)が好きです。自分の思い通りにならない時、試練の時、非難が続くとき、この聖句を思い出します。私は虫けらに過ぎない。でも、神を信じ、神はどうにもならない時は助けてくださる、と思うと、平安と喜びがきます。

王は、「私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。地に住むものはみな、無きものとみなされる。彼は、天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。」(4・34.35)と、自らが「無きものとみなされる。」ことを受け入れる謙遜差を身に着けるのです。「そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また、高ぶって歩む者をへりくだった者とされる。」(37)という神の御手と配慮を悟るのです。
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