「祝福の契約」創世記9章8~17節

 

 契約は普通、当事者同士が権利と義務を確認させるための合意条件を明らかにしたものです。神と人とが契約する時は、神の側は約束を反故にすることはないので、人間の側に条件があるかどうかです。今日の聖句の契約は、ノア契約と呼ばれ、神は人間に条件を付していません。その内容は、「二度と大洪水によって地を滅ぼすことはしない。」(11節)というものです。

 その前に「あなたがたへの恐れとおののきが、地のすべての獣、空のすべての鳥、地面を動くすべてのもの、海のすべての魚に起こる。あなたがたの手に、これらは委ねられたのだ。」(9・2新改訳2017)として、人間が世界の支配者と任じられたことが記されています。殺人だけは禁じられ、獣でさえも、人間を殺せば神の罰が下ります(5)。私たち人間よりも力が強く俊敏な獣たちや猛禽も人間を恐れおののくように、神が潜在意識を植え付けられたのです。

また、「生きて動いているものはみな、あなたがたの食物となる。」(3)と、肉を食べることが公式に認められます。律法にある穢れた食物を食べるなという規定は、イスラエル民族を感染から守るための特別なものであったことがわかります。ですから、使徒10章で動物を食べる許可が出るのです。そして、使徒15章のエルサレム会議では「血を避けるように」(20)とされたのは、「肉は、そのいのちである血のあるままで食べてはならない。」(創世記9・4)の引用です。血のあるままでという意味は、肉の生食を禁じるということで、やはり感染防止と共に、いのちの尊厳を意識しなさい、という意味合いがあると思われます。

この契約は、「さあ人を造ろう。われわれのかたちとして、われわれに似せて。彼らが、海の魚、空の鳥、家畜、地のすべてのもの、地をはうすべてのものを支配するように。」(創世記1・26)の再宣言です。しかし、それは創造の時は違い、人が罪を犯した後です。「主は、人の悪が増大し、その心に図ることがみな、いつも悪に傾くのをご覧になった。」(6・5)、「地は神の前に堕落し、地は暴虐で満ちていた。」(6・11)ので、大洪水で人を滅ぼしたのです。

洪水の前後で何が変わったのでしょう。「神を恐れること」です。アブラハムは、「この地方には、神を恐れることが全くないので、人々が私の妻の故に、私を殺すと思った」(20・11)と言い、自分の一人息子イサクをも神の命令であったら犠牲にする覚悟ができていたのです。「今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは自分の子、自分のひとり子さえも、惜しまないでわたしに献げた。」(22・12)。自分の判断、損得で生きる人々は、神を恐れることなく、平気で罪を犯すのです。

動物は人を恐れるようになりましたが、人は神を恐れるかどうかです。ノア契約は、神の一方的な祝福契約です。条件付けがないのですが、どのように祝福を獲得するのでしょうか。「わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それがわたしと地との間の契約のしるしである。」(9・13)とは、虹を見た時、神を思い出し、神を恐れよ、ということです。

ノアは「ぶどう酒を飲んで酔い、自分の天幕の中で裸になった。」(21)。末子のハムは、それを見て父をあざ笑いました。セムとヤペテは、「後ろ向きに歩いて行って、父の裸を覆った。」(23)。父をあざ笑ったのはハムと息子のカナンであったので、「呪われよ。兄たちの、しもべのしもべとなるように。」(25)と呪われ、セムとヤペテはノアによって祝福されます。

「あなたの父と母を敬え。あなたの神、主が命じられたとおりに。それは、あなたの齢が長くなるため、また、あなたの神、主が与えようとしておられる地で、しあわせになるためである。」(申命記5・16)。父にも母にも、意見や指示をしてはいけません。親を馬鹿にしたりしたら、神の祝福を失います。神の祝福は上から来るのです。親はもちろんのこと、人を対応に見たり、見下げたりした者は、祝福を得ることはできません。人が物をくれるという時、好みでないとか、面倒だ、人からもらうのは嫌いだとして、受け取らない人は、神の祝福も受けることができません。祝福は選り好みするものではないからです。

偉そうにしている者が、人にも組織にも、そして神にも祝されることはありません。女性に対して、「あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」(創世記3・16)を引用して威張っている男がいますが、それは呪われた状態のしるしです。そんな男が、妻から愛され、祝福を受けるはずがありません。

「一番偉い人は一番年の若い者のようになりなさい。また、治める人は仕える人のようでありなさい。」(ルカ22・26)とイエス様は教え、「イエスは、いっしょに下って行かれ、ナザレに帰って、両親に仕えられた。」(ルカ2・51)と実践され、「もしわたしに仕えるなら、父はその人に報いてくださいます。」(ヨハネ12・26)と、神の祝福を教えています。

「あざける者を主はあざけり、へりくだる者には恵みを授ける。」(箴言3・34)。「この子どものように、自分を低くする者が、天の御国で一番偉い人です。」(マタイ18・4)。意地を張る人は孤立します。思い通りでないと腹を立て、人を批判する人は、愛されることはありません。神が祝福するといっても、その祝福を受け取ることは、傲慢な罪びとにはできないことなのです。

創世記9章8~17節

  • 9:8 神はノアと、彼といっしょにいる息子たちに告げて仰せられた。
  • 9:9 「さあ、わたしはわたしの契約を立てよう。あなたがたと、そしてあなたがたの後の子孫と。
  • 9:10 また、あなたがたといっしょにいるすべての生き物と。鳥、家畜、それにあなたがたといっしょにいるすべての野の獣、箱舟から出て来たすべてのもの、地のすべての生き物と。
  • 9:11 わたしはあなたがたと契約を立てる。すべて肉なるものは、もはや大洪水の水では断ち切られない。もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはない。」
  • 9:12 さらに神は仰せられた。「わたしとあなたがた、およびあなたがたといっしょにいるすべての生き物との間に、わたしが代々永遠にわたって結ぶ契約のしるしは、これである。
  • 9:13 わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。
  • 9:14 わたしが地の上に雲を起こすとき、虹が雲の中に現れる。
  • 9:15 わたしは、わたしとあなたがたとの間、およびすべて肉なる生き物との間の、わたしの契約を思い出すから、大水は、すべての肉なるものを滅ぼす大洪水とは決してならない。
  • 9:16 虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべて肉なるものとの間の永遠の契約を思い出そう。」
  • 9:17 こうして神はノアに仰せられた。「これが、わたしと、地上のすべての肉なるものとの間に立てた契約のしるしである。」