今週のメッセージ「羊は羊飼いに従います。」 ヨハネ福音書10章11~16節

クリスチャンは、羊に例えられます。羊の特徴をAIは次のようにまとめています。

「非常に強い群れ意識を持ち、孤独を嫌う。」、「 危険を感じるとすぐに逃げる性格。」、「 決まったリーダーはおらず、誰かが動くと全員が従う傾向がある。」、「 50頭以上の仲間の顔を2年以上覚えることができる。」、「主に草や木の芽などを食べ、上唇が分かれているため短い草も器用に食べる。」、「視野は非常に広く、頭を動かさずに後ろが見える。」、利用価値としては、羊毛、羊乳、羊肉です。強健で10年から15年の寿命です。羊の敵は、狼、熊です。羊は温厚で臆病な性格ですが、ヤギは独立心が強く活発に行動します。

羊が羊として穏やかに過ごしているのは、本来の姿です。仲間と一緒に仲良く過ごし、仲間のことや羊飼いをよく覚え知っているのです。羊は一日8~12kgの短い草を食べて、大体60kgの体重だそうです。羊毛は年3~5kg取れます。

 イエス様は、「偽預言者たちに用心しなさい。彼らは羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、内側は貪欲な狼です。」(マタイ7・15)と警告されています。この教会にも何人か入り込みました。その特徴は、きちんと聖書を学ばず、神学校も卒業していないのに、指導者になりたがる人たちです。熱心さはありますが、自分の利得を求めるので、信者を自分の弟子にして思い通りに従わせようとします。つまり、「貪欲」で、「狼」のように羊を殺してしまうのです。「偽預言者」は、偽預言者らしいのではなく、熱心な「羊の衣を着て」信者を装っているのです。

 この教会に入り込んだ偽預言者は、熱心に奉仕をしましたが、しばらくすると自分で教会を作り、信者を連れていきました。そして、成功しようとするのですが、教会の牧師というのは、割に合わないものです。教会を辞めてしまい、連れ込まれた信者は路頭に迷うことになり、信仰も失っていきました。信仰と伝道・牧会の困難さが、信者や偽牧師の試金石になっていると感じています。

 さて、信仰を離れたり、教会に問題を起こしたりする信者や偽牧師の特徴は、聖書や教理に関心がないということです。牧師に服従するとか、奉仕をきちんとするということではありません。「聖書は全て神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。神の人がすべての良い働きにふさわしく、十分に整えられた者となるためです。」(Ⅱテモテ3・16.17)。牧師・教職者にとって最も大事なことは、聖書を正しく理解し、聖書に従い、信者に聖書を解き明かすことです。

 イエス様は「わたしが来たのは、羊たちがいのちを得るため、それも豊かに得るためです。」(ヨハネ10・10)と言われました。聖書のみことばをしっかり食べるならば、信者はしっかりと成長するのです。

「あなたがたのうちのだれかが羊を百匹持っていて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。」(ルカ15・4)。とイエス様は語り、「一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。」(同7)と、いなくなった羊を「罪人」として探し求める姿が描かれています。つまり、「いなくなる」ことはもともと救われていなかったけれども、群れに集っていた、それをイエス様は憐れんで探し求めたということです。

「羊たちをみな外に出すと、牧者はその先頭に立って行き、羊たちはついていきます。」(10・4)。みことばを読もうとしない信者は、羊のようではなくなってきます。羊は、仲間意識が非常に強く、一頭ではストレスを感じるそうです。羊飼いに従うよりも、この世のことに囚われて迷子になってしまったのか、狼に襲われたのか、迷子になる羊はいるようです。

 イエス様は「群衆を見て深くあわれまれた。彼らが羊飼いのいない羊の群れのように、弱り果てて倒れていたからである。」(マタイ9・36)。羊が弱るのは、羊飼いによって世話をされていないからです。自分では緑豊かな牧場に行くことができず、さまよってしまうからです。

 私は、信仰者と未信者の違いを感じて過ごしています。彼らは、頼るべきものをもたず、働き、食べ、遊び、虚しく過ごしています。信者もまた、羊飼いなるイエス様と共に歩まず、この世のものに囚われ誘われて、道を迷う者が多くなっています。信仰生活とこの世の生活が同じ基準にあるのです。「まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものは全て、それに加えて与えられます。」(マタイ6・33)。

 「あなたがたのうちにいる、神の羊の群れを牧しなさい。強制されてではなく、神に従って自発的に、また卑しい利得を求めてではなく、心を込めて世話をしなさい。」(Ⅰペテロ5・2)。教会員を一人にせず、牧する人が必要です。「わたしは羊たちのために自分のいのちを捨てます。」(15)。主に従っていきましょう。

ヨハネ福音書10章11~16節

  • 10:11 わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます。
  • 10:12 牧者でない雇い人は、羊たちが自分のものではないので、狼が来るのを見ると、置き去りにして逃げてしまいます。それで、狼は羊たちを奪ったり散らしたりします。
  • 10:13 彼は雇い人で、羊たちのことを心にかけていないからです。
  • 10:14 わたしは良い牧者です。わたしはわたしのものを知っており、わたしのものは、わたしを知っています。
  • 10:15 ちょうど、父がわたしを知っておられ、わたしが父を知っているのと同じです。また、わたしは羊たちのために自分のいのちを捨てます。
  • 10:16 わたしにはまた、この囲いに属さないほかの羊たちがいます。それらも、わたしは導かなければなりません。その羊たちはわたしの声に聞き従います。そして、一つの群れ、一人の牧者となるのです。

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MYoshi
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