「蛇のように賢く鳩のように素直に。」マタイ福音書10章11~16節 

クリニックでは、AIによる発達障害の治療の案内を準備しています。発想としては、今までの仕事や段取りの手順とは全く異なっているので、良い経験です。

AI(人工知能)とは、Artificial Intelligenceの略で、コンピューターが人間のように学習、推論、判断、認識、言語処理などの知的なタスクを実行する技術やシステム全般のことです。AIによる案内とは、人工知能を活用して、利用者に対し情報提供や道案内、質問への回答などを自動で行うサービスのことです。従来のシステムとは異なり、自然言語処理(NLP)などの技術を用いることで、人間のような自然な対話やきめ細やかな対応を実現しています。AIの準備をしている中で、多くの人の仕事はAIに任せた方が早くて合理的であり、人の個性や性格による変更がなくて、優秀だと思われました。そのようにして、今後はAIによって多くの仕事が奪われていき、人間の仕事は減っていくでしょう。

 ところが、現実には、フェースブックやユーチューブ、ニュースなどにAIを用いた偽りの画像や情報が盛沢山になっています。ある人物を中傷する偽情報や、株や品物の偽情報を流して購入をさせることもあります。最近は、私の名前とメールアドレスを偽って用いて、ラインに加入させようとする命令も出ています。ラインに加入すると、その人の情報が漏れてしまうので、商業的なライン勧誘には入らない方が良いでしょう。5年位前には、私の名前で金を貸してくれというメールが多くの人に届きましたが、「柏崎が金に窮することはないだろう。」と信用されなかったようです。大事なことは判断力ですね。

 このようにAIによって仕事が奪われ、AIによって騙される時代が既に来ています。更に、「戦争や戦争のうわさ」(マタイ24・6)、「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、あちこちで飢饉と地震が起こります。」(同7)。「そのとき多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合います。また、偽預言者が大勢現れて、多くの人を惑わします。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えます。」(同10-12)。

 戦後の日本を支えてきた中産階級は崩壊し、富める者と貧しい者との隔たりが大きくなり、社会は不穏になり、犯罪が増えます。

 医療制度の中から、高齢者医療を別枠にし、更に後期高齢者医療制度を設けたのは、金の掛かる高齢者医療の自己負担を多くするためです。

 少子高齢化により、年金原資が減り、年金財政は厳しくなるので、間違いなく年金収入は減っていきます。

日本人の特徴は、「真面目、謙虚、我慢強い、勤勉、協調性がある」といったものでしたが、それも通らなくなります。

さて、「蛇のように賢く」とイエス様が私たちに諭しました。多くの人が蛇の見た目を嫌います。「蛇は、神である主が造られた野の生き物のうちで、他のどれよりも賢かった。」(創世記3・1)。大事なことは蛇が最も賢かったことです。蛇は、自分よりも強いものとは争わずに逃げていきます。私は動物の生きようとする力、本能に感心します。

私は、「最も高くつくのは見栄です。」と言いますが、言い換えれば自我です。我が強いので失敗するのです。そもそも、AIによって奪われるような仕事をしているのは、失敗を恐れ他の人がしているようなことをしようとするからです。「賢く」とは、知恵です。知恵の要らないような仕事はAIに代えられます。しかし、「神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることがありませんでした。」(Ⅰコリ1・21)。知恵に先走る者は、知恵に左右されることによって身を滅ぼします。

「鳩のように素直に」とはどういうことでしょうか。鳩は雑食性でなんでも食べます。群れをなして仲良く過ごし、帰巣本能が強いので伝書鳩などにも利用されます。鳩は警戒心はあまりなく捕まりやすいです。政治的には「ハト派」は穏健な考えを持つ平和愛好者とされ、「タカ派」と区別されます。

欲望の強い人は、欲に惑わされて失敗します。「この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。」(Ⅰコリント1・28)とありますが、自らを「無に等しい者」と委ねることこそ、信仰の奥義であると思います。

終末の様相は、聖書に預言されています。「祝福を得よう、豊かに暮らそう、成功しよう」などの願望は、主イエスが栄光を持って来臨され、神の国に私たちを携え上げてくださる望みに比べれば取るに足りません。私には、自らの繁栄を願って身を亡ぼす人が増えているように思います。「十字架のことばは、救われる私たちには神の力です。」(同18)。

「蛇のように賢く」とは、見栄によって表立って戦わず、状況をわきまえて身を滅ぼさないことです。「鳩のように素直に」とは、仲良く過ごして何でも食べ、人とは争わず、神に委ねて生きることです。そして、神の国を待ち望みましょう。

マタイ福音書10章11~16節 

  • 10:11 どの町や村に入っても、そこでだれがふさわしい人かをよく調べ、そこを立ち去るまで、その人のところにとどまりなさい。
  • 10:12 その家に入るときには、平安を祈るあいさつをしなさい。
  • 10:13 その家がそれにふさわしければ、あなたがたの祈る平安がその家に来るようにし、ふさわしくなければ、その平安があなたがたのところに返って来るようにしなさい。
  • 10:14 だれかがあなたがたを受け入れず、あなたがたのことばに耳を傾けないなら、その家や町を出て行くときに足のちりを払い落としなさい。
  • 10:15 まことに、あなたがたに言います。さばきの日には、ソドムとゴモラの地のほうが、その町よりもさばきに耐えやすいのです。
  • 10:16 いいですか。わたしは狼の中に羊を送り出すようにして、あなたがたを遣わします。ですから、蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい。

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MYoshi
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