「友を愛する。」 ヨハネ15章12~19節

太宰治の『走れメロス』はご存じでしょう。
16歳の妹と2人きりで暮らす羊飼いの青年メロスは、妹が近々結婚式を挙げるので必要となる品々を買いに村を出てシラクスの市を訪れる。人を信じられないため罪なき人々をディオニス王が処刑していると聞いて、メロスは怒るが捕まってしまう。メロスは「死ぬ覚悟はできている。ただ、村に戻って妹の結婚式を挙げたい。処刑まで3日の猶予をください」と王に言ったが戻ってくると信じてもらえず、さらに付け加えて「身代わりにシラクスで石工をしている無二の友・セリヌンティウスを置いていく。3日後の日暮れまでに戻らなければ彼を殺してください」と言った。王は、メロスが戻るはずはないから3日目に身代わりを処刑して世の正直者とかいうやつらに見せつけようと考えて、メロスの願いを受け入れる。その夜、王城に召し出されたセリヌンティウスは、メロスの事情を理解し、縄で縛られ身代わりとなる。・・・日が完全に沈む直前、メロスは刑場に突入し、間に合う。今まさにセリヌンティウスが磔刑にされようとするところであった。・・・その様子を見ていた王が顔を赤らめて二人に近づき「お前らはわしの心に勝った。信実とは妄想ではなかった。どうか、わしも仲間に加えて欲しい」と言う。(詳細は本かネットで)
 日本では知り合いのことをカジュアルな関係で友達と言い、少しフォーマルで友人と言い、親しい場合には親友と言いますが、知人という交流がない関係もあります。仲間は、何かを一緒にしているグループの一員で、相棒となると一緒に仕事などをしているかなり親しい関係です。
 ネットで「離れた方が良い友達の特徴」として、ネガティブな人、うそばかりつく人、うわさ話や悪口が好きな人、相手によって態度を変える人、自己中心的な人、マウントを取ってくる人、一緒にいて疲れる人、空気が読めない人が挙げられています。
 「友達がいない人の特徴」は、①自分と異なる価値観の人を受け入れられない、②人間関係が苦手、③人に気を遣いすぎる、④同族嫌悪になりやすい、⑤人との距離感がわからない、⑥自己愛が強い、⑦友だち関係を重視していない、⑧プライドが高い、が挙げられています。
 しかし、クリスチャンには、この友達がいない人の特徴にあった人が多い様にも見受けられます。この世で、不器用であったからこそ、神を求めたのかもしれません。

「神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。 有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。」(Ⅰコリント1・27.28)。もし、友達付き合いが上手で多くの友達がいたら、信仰には導かれなかったかもしれません。

 私は友達も多く、群れの中心であったのですが、心の中では虚しさを感じていました。今でもクリスチャンでない友人たちから声が掛かり、親しい友はおりますが、それでも信仰を共有できない友との接点には苦しさを感じています。

 イエス様は、裏切ろうとしているユダに対して語り掛け、「『友よ、あなたがしようとしていることをしなさい』と言われた。そのとき人々は近寄り、イエスに手をかけて捕らえた。」(マタイ26・50)という恐ろしい出来事に繋がります。

 「わたしが命じることを行うなら、あなたがたはわたしの友です。」(14)と言われましたが、ユダは裏切っています。それでも、「人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」(13)と、ユダを愛してその友情を求めたのです。「世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを知っておきなさい。」)18)とユダが罠に掛かったことを憐れんでいたのかもしれません。

 私自身は、友を保つ苦労をする力が持てなくなった感があります。この歳になって、上述の「離れた方が良い友」とは関わり合いたくなくなってきました。また、「友達がいない特徴」を持った人と付き合う余力もないようです。ただ、若い頃から、友達を持つ努力をしないと伝道はできないし、証しもできず、仕事もうまくいきません。そして、寂しい人生を送ることになります。

 教会は、自らの罪と愚かさを認めた人が集うところです。付き合い下手の人が受け入れられ、助けられ、愛されるのです。イエス様は、自らを裏切るユダさえも愛されました。そして、そのような積み深い人間の為に十字架に掛かられて救いを成し遂げられたのです。

ヨハネ15章12~19節

  • 15:12 わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。
  • 15:13 人が自分の友のためにいのちを捨てること、これよりも大きな愛はだれも持っていません。
  • 15:14 わたしが命じることを行うなら、あなたがたはわたしの友です。
  • 15:15 わたしはもう、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべなら主人が何をするのか知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。父から聞いたことをすべて、あなたがたには知らせたからです。
  • 15:16 あなたがたがわたしを選んだのではなく、わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命しました。それは、あなたがたが行って実を結び、その実が残るようになるため、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものをすべて、父が与えてくださるようになるためです。
  • 15:17 あなたがたが互いに愛し合うこと、わたしはこれを、あなたがたに命じます。
  • 15:18 世があなたがたを憎むなら、あなたがたよりも先にわたしを憎んだことを知っておきなさい。
  • 15:19 もしあなたがたがこの世のものであったら、世は自分のものを愛したでしょう。しかし、あなたがたは世のものではありません。わたしが世からあなたがたを選び出したのです。そのため、世はあなたがたを憎むのです。

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MYoshi
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