「結婚の誓い。」 Ⅰコリント7章32~39節

結婚は、地上の生活においてあるものであって、「復活の時には人は娶ることも嫁ぐこともなく、天の御使いたちのようです。」(マタイ22・30と、天国では男女の区別がなくなるようです。天国では永遠に生きるので、生殖の必要はなくなるのです。「血肉のからだは神の国を相続できません。」Ⅰコリント15・50)、「終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。」(同52)。

 地上の人生では、男女の違いは顕著です。肉体的には男は頑健で逃走的です。女は生存力も生活力も男よりも強く、男は女なしには生きられないでしょうが、女は男なしでも生きていけるでしょう。

「男が女のために造られたのではなく、男の為に造られたからです。」(Ⅰコリント11・9)、と差別的、優性的に男がありますが、「主にあっては、女は男なしにあるものではなく、男も女なしにあるものではありません。・・・すべては神から出ています。」(同11.12)。

 「人(男)がひとりでいるのは良くない。わたしは人のために、ふさわしい助け手を造ろう。」(創世記2・18)。「神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。」(同1・27)。その目的は、「生めよ。増えよ。地に満ちよ。血を従えよ。海の魚、空の鳥、地の上を這うすべての生き物を支配せよ。」(同28)でした。

 性欲は、子孫を増やすために神が備え付けたものですが、それだけでなく、男女が結婚しようとする願いを持つためであり、全く存在も質も能力も異なる男女が愛し合うためのものです。「結婚した男は、どうすれば妻に喜ばれるかと世のことに心を配り、心が分かれるのです。・・・結婚した女は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。」(Ⅰコリント7・33-34)。

 キリスト教では、結婚式に際して、「あなたは神の教えに従って、夫(妻)としての分を果たし、常に妻(夫)を愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、その健康の時も、病の時も、富める時も、貧しき時も、いのちの日の限りあなたの妻(夫)に対して堅く節操を守ることを約束しますか。」という誓いをしなければなりません。もし、この誓いを断るならば、司式者は式を中止します。さらに、「人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。」(マタイ19・6)と宣言します。

さらに、結婚した夫婦には次のような命令がなされます。「夫たちも、自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する人は自分自身を愛しているのです。」エペソ5・25)、「妻もまた、自分の夫を敬いなさい。」(同33)。

 「夫たちよ、妻が自分より弱い器であることを理解して妻とともに暮らしなさい。また、いのちの恵みをともに受け継ぐ者として尊敬しなさい。そうすれば、あなたがたの祈りは妨げられません。」(Ⅰペテロ3・7)。「妻たちよ、自分の夫に従いなさい。たとえ、みことばに従わない夫であっても、妻の無言のふるまいによって神のものとされるためです。 夫は、あなたがたの、神を恐れる純粋な生き方を目にするのです。あなたがたの飾りは、髪を編んだり金の飾りを付けたり、服を着飾ったりする外面的なものであってはいけません。むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、心の中の隠れた人を飾りとしなさい。それこそ、神の御前で価値あるものです。かつて、神に望みを置いた敬虔な女の人たちも、そのように自分を飾って、夫に従ったのです。」(同1-5)。夫婦共に厳しい命令を受けています。

 つまり、結婚するということは、かなり厳しい、守らなければならない条件があるのです。それを軽く見て、一目ぼれなどで結婚したとしても、守らなければ悲惨なことになります。結婚時の誓約は、神の定めた法則を文章化したものであり、クリスチャンであろうとなかろうと適用されると思います。簡単、安易に結婚をするものではありません。自分ができるとしても、相手が無頓着な人であれば、生涯苦労することになります。しっかりと見定め、また確認しあって結婚するべきです。

 先週お話ししたように、夫婦の立場では、明らかに夫が差別的に優位です。しかし、天国では男女の区別がなくなるということは、男であったとしても、女であったとしても、それぞれに神が課した立場であるということになります。世の中では金持ちが有利ですが、天国に行くのはかなり不利です。同様に、信仰者は明らかに女性が多いのです。

 夫婦でも為すべきことを怠り、果たさず、徳をしたと考える人がいるようです。そういう面で、世の男性の多くは、裁きを受けるのです。伴侶に都合の良い要求をしてはいけません。喜んで十字架を負う者に、この世でも報いは大きいのです。

Ⅰコリント7章32~39節

  • 7:32 あなたがたが思い煩わないように、と私は願います。独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと、主のことに心を配ります。
  • 7:33 しかし、結婚した男は、どうすれば妻に喜ばれるかと世のことに心を配り、
  • 7:34 心が分かれるのです。独身の女や未婚の女は、身も心も聖なるものになろうとして、主のことに心を配りますが、結婚した女は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。
  • 7:35 私がこう言うのは、あなたがた自身の益のためです。あなたがたを束縛しようとしているのではありません。むしろ、あなたがたが品位ある生活を送って、ひたすら主に奉仕できるようになるためです。
  • 7:36 ある人が、自分の婚約者に対して品位を欠いたふるまいをしていると思ったら、また、その婚約者が婚期を過ぎようとしていて、結婚すべきだと思うなら、望んでいるとおりにしなさい。罪を犯すわけではありません。二人は結婚しなさい。
  • 7:37 しかし、心のうちに固く決意し、強いられてではなく、自分の思いを制して、婚約者をそのままにしておこうと自分の心で決意するなら、それは立派なふるまいです。
  • 7:38 ですから、婚約者と結婚する人は良いことをしており、結婚しない人はもっと良いことをしているのです。
  • 7:39 妻は、夫が生きている間は夫に縛られています。しかし、夫が死んだら、自分が願う人と結婚する自由があります。ただし、主にある結婚に限ります。

投稿者プロフィール

MYoshi
MYoshi