「自らの堅実さを失わないように。」Ⅱペテロ3章10~18節
2月26日から今年の受難節が始まっています。この受難節は、325年のニカイア公会議で決まったようですが、キリストの十字架を偲び復活を喜ぶためのもので、この期間はレントと呼ばれ、日没後に食事をとるだけでした。肉や乳や卵を取 […]
「主が遣わす預言者。」エレミヤ27章2~5節、28章8~13節
多くの人は、「宗教にはまる」ことを恐れ、ある程度の距離感をもって宗教と接しようとします。新宗教への入信の動機は、貧・病・争と言って、問題の解決を求めてのことが多く、現世利得となります。教えは、「心なおし」と言われ、何らか […]
「恐れてはならない。」ヨシュア1章5~11節
コロナウィルスにまみれている武漢市の牧師が手紙を出しました。 危機的な状況ではありますが、私たちは主の約束に信頼しています。私たちに対する主の思いは災いではなく平安であり(エレミヤ29:11)、私たちに試練の時を許し、滅 […]
「神に私は訴える。」エレミヤ20章7~12節
誰にも試練はありますが、試練によってその人の本性が現れます。うまくいかないことに不満や不平をもらし、攻撃的になったり、悲観的になったりすることによって、自らが軽薄な人間であることを示してしまいます。逆に、どんな時にも柔和 […]
「試練に備える配慮。」創世記47章1~9節
ここは、ヤコブがエジプトのパロを祝福した、というので知られた箇所です。その外にもヨセフの知恵と配慮がふんだんにあります。まず、兄弟十一人の中から五人を選んでいます。四九章を読むとヤコブがそれぞれの性格と行いに従って、預言 […]
「大いなる救いのため」創世記45章1~8節
創世記42章から45章までのヨセフの兄弟たちへの仕打ちを読むと、なぜこんなにしつこく責め立てるのかと疑問を感じることも多いかと思います。私自身も当初は、そんな思いを抱きましたが、牧師となって人の罪の深さ、悔い改めの難しさ […]
「神の霊の宿っている人」創世記41章28~40節
「彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。」(創世記39・2)とあるように、ヨセフのすることは全て祝福されました。そのヨセフは、成人となっている兄たちから殺されそうになり、奴 […]
「無宗教者の無謀」Ⅱテサロニケ2章4節
直 訳 「神と呼ばれる凡ゆる物または礼拝の対象に対して逆らう者かつ高ぶる者は、神の神殿の中へと、神の如くに座し、彼自身、神であると宣告する。」 本日の御言葉……、世界の終末の時、基督が再臨される前に、現れる事象の一つです […]
「自由人として生きる。」ガラテヤ5章13~26節
先週は主義主張が、私たちを神の御心から逸脱させる間違った価値観であることを語りました。私にとって、先週の週報の写真で示したクリスチャンたちの信仰が驚くべきことでした。情報としては統制され、監視されている中で、信者同士の名 […]









