「ヨセフは神に従った。」 マタイ1章16~25節

 イスラエルがローマに占領され、ユダヤ人でないヘロデ大王がローマの支配下でユダヤの王とされました。謀略によって王位を取ったヘロデは、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」(マタイ2・2)と聞いて恐れ、「ベツレヘムとその周辺一帯の2歳以下の男の子をみな殺させた。」(同16)のです。

世が世ならば、と言われると、ヨセフはダビデ王家の系図、生粋のユダ族です。当時のユダヤ人は、非常に信仰深く、神の超自然の御手により、出エジプト、バビロン捕囚からの解放、そして、セレウコス朝シリアからのマカバイ戦争(B.C.167-165)の勝利による独立などの経緯を、不信仰に対する神の怒りと回復と受け留めていました。マカバイ記については、旧約聖書外典の「マカバイ記」に詳しく記されています。凄まじい宗教戦争でした。そのようにして、信仰を守らないと神の罰を受けるという教訓が彼らの信仰に定着していました。

そのようなヨセフの婚約者マリヤが妊娠していることが分かります。マリヤは、誰とも関係していないと言いますが、そんなことはありません。律法に厳しい社会ですから、不倫による妊娠が分かれば石打の刑で殺されます。選択肢は3つあります。

① マリヤの姦淫を告発し、石打の刑にすること。

② 婚約を解消すること。但し、妊娠の理由をヨセフが負うこと。

③ 妊娠を黙認して、結婚すること。

結婚しても、マリヤが他の男と関係を持ち、実の親がいて自分は裏切られたという思いの中で過ごさなければならないという苦しみがあります。平穏な結婚生活を過ごせる気がしません。ヨセフは、②を選ぶことにしました。

そんな夜、天使に語り掛けられたのでした。夢だからと無視することもできます。人は、現実に語り掛けられても無視をすることがあります。問題が大きくなっても、対応せずに放置することがあります。どんな対応にも、責任が伴います。私は、そのような人々を見守り執り成す中で、問題に対処できない、或いは対処して失敗をし、苦しんできた人々のことを理解することができました。しかし、対処するということは、神を信じなければできないのです。失敗をしても、神がどうにかしてくれます。逃げるのは、神を信じていないのです。

「その胎に宿っている子は聖霊によるのです。」(20)というありえないことを信じるか否かです。

 私自身は、大学院2年の時、ぐっすりと寝ていて、「主がお入り用なのです。」(マタイ21・3)という声を聴き、直ぐにひざまずいて、「主よ。私を導いてください。」と答えました。「もしだれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐに渡してくれます。」こういう時は、神がかりなのでしょう。反対はされないのです。私は、その後、疑問も無しに主に従って来ました。むろん、その後に多くの反対や攻撃はありました。

 ヨセフは神を信じたのです。不合理を乗り越えて、神を信じる方を選んだのです。信仰とは打算ではありません。ヨゼフは、マリヤを信じ、神からの語り掛けを信じたのです。そして、神から使命を託されるのは、信仰をもって歩む人なのです。

 犠牲を払うとか、苦労をすることを嫌がる人が増えています。家族を持つならば犠牲を払わなければ、支えることはできません。ヨセフは、ヘロデの迫害を逃れて幼い妻子を連れてエジプトに逃げなければなりませんでした。マリヤは16歳くらいだったでしょう。産後間もない妻子を連れて見知らぬエジプトへの逃避行はどんなに辛いものだったでしょう。むろん、神は守ってくださいます。ただ、それを信じて神に従い進んでいくことは真実な信仰と勇気と決断がいるのです。

 「永遠の神の命令にしたがい、預言者たちの書を通して今や明らかにされ、すべての異邦人に信仰の従順をもたらすために知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを強くすることができる方」(ローマ16・26)とあるように、信仰の従順こそ、奥義であり、神が信仰者に望んでおられることです。

 ヨセフは、その後、聖書には殆ど出てきません。結婚時は30歳くらいだったと思われ、50歳前後で亡くなったとされています。大工として働き、「両親は、主の律法にしたがってすべてのことを成し遂げたので」(ルカ2・39)という忠実な信仰者でした。誠実かつ平凡な男性が、主に選ばれ、そのお言葉に従い、非凡なことを成し遂げたのです。私には、男性の模範のように思われます。

マタイ1章16~25節

  • 1:16 ヤコブがマリアの夫ヨセフを生んだ。キリストと呼ばれるイエスは、このマリアからお生まれになった。
  • 1:17 それで、アブラハムからダビデまでが全部で十四代、ダビデからバビロン捕囚までが十四代、バビロン捕囚からキリストまでが十四代となる。
  • 1:18 イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。
  • 1:19 夫のヨセフは正しい人で、マリアをさらし者にしたくなかったので、ひそかに離縁しようと思った。
  • 1:20 彼がこのことを思い巡らしていたところ、見よ、主の使いが夢に現れて言った。「ダビデの子ヨセフよ、恐れずにマリアをあなたの妻として迎えなさい。その胎に宿っている子は聖霊によるのです。
  • 1:21 マリアは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方がご自分の民をその罪からお救いになるのです。」
  • 1:22 このすべての出来事は、主が預言者を通して語られたことが成就するためであった。
  • 1:23 「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。
  • 1:24 ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、
  • 1:25 子を産むまでは彼女を知ることはなかった。そして、その子の名をイエスとつけた。

投稿者プロフィール

MYoshi
MYoshi