「魂と霊と聖霊。」 Ⅰコリント14章10~19節 

人は霊、魂、身体でできています。「あなたがたの霊、たましい、からだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように。」(Ⅰテサロニケ5・23)とあるので、どれが優越するというものではなく、すべてが大事です。魂は、知性、感情、意志からなっており、人間の霊は罪によって神との交流のないものになってしまいました。ですから、「キリストの来臨のときに、責められる」のです。

 人間の本質は霊にあり、霊が聖霊に満たされていたら、神の創造の目的「すべてのものを支配せよ。」(創世記1・28)どおりに生きられるのです。人は、「いのちの息を吹き込まれた。」(同2・7)ので、動物とは違い、霊的な存在なのです。ですから、犬や猫などのペットが天国に行くなどと勝手に考えてはいけないのです。

 人間の霊は、その人の人格に関わり、傲慢、高慢、怠慢、欺瞞、好色、好戦的、汚れ、遊興、などの様相を呈します。このようなものは、「肉の欲望」(ガラテヤ5・16)であって、御霊に満たされ、御霊によって歩まないと滅びに進んでしまいます。

 知性は人に善悪を教え、この世の在り様と人の生き様を教えますが、知性だけでは、人は正しく生きられません。「汚れた不信仰な人たちには、何一つきよいものはなく、その知性も良心も汚れています。」(テトス1・15)。この知性が聖霊に導かれていないと、とんでもない欲望に支配されてしまいます。金銭欲、出世欲、など、「彼らは知性において暗くなり、彼らのうちにある無知と、頑なな心のゆえに、神のいのちから遠く離れています。」(エペソ4・18)。日本人は知性を求める傾向が強いのですが、意思が強くなく、霊性も育っていないので、人や権力に利用される傾向があります。

 感情は、喜怒哀楽に繋がり、人間性の大事な部分ですが、感情に左右されると道を誤ることもあります。「愚かな者は感情のすべてをぶちまけ、知恵のある人はそれを内に収める。」(箴言29・11)。

 意志の強い人は、成功を収めることが多く、多くの人が意志を強くしようとします。ただ、意志が強いだけでは他の人との考えの疎通がうまくいかず、仲違いしたり失敗をしてしまいます。「わたしは自分の意志ではなく、わたしを遣わされた方のみこころを求めるからです。」(ヨハネ5・30)とイエス様は言われました。

 人間の知性、感情、意志で努力しても、結局のところ、罪の産物なので、争いや欲にまみれて失敗をしてしまいます。サウルは、神に選ばれ、「新しい心を与えられた。」(Ⅱサムエル10・9)。しかし、預言者サムエルの忠告に従わず、祈ることもせず、勝手なことをしました。サムエルは、「主は、全焼の捧げ物やいけにえを、主の御声に聞き従うことほどに喜ばれるだろうか。」(同15・22)として、怒りました。

 多くの人が、その魂のままに行動しています。信仰者でさえ、祈り聖霊に満たされることを求めずに、聖霊の導きを求めずに判断し、失敗しています。「あなたがたの間の戦いや争いは、どこから出て来るのでしょうか。ここから、すなわち、あなたがたのからだの中で戦う欲望から出て来るのではありませんか。」(ヤコブ4・1)。この言葉は、信仰者に対するものです。「世を愛することは神に敵対することだと分からないのですか。世の友となりたいと思う者はだれでも、自分を神の敵としているのです。」(同4)。

 終末は、サタンと悪霊の暗躍する時代です。確かに、世の中は誘惑に満ちています。注意すべきは、サタンの用意する誘惑は、個人仕様で、一人一人の弱点に焦点が当てられています。金銭欲の強い人には金銭で、性的な誘惑に弱い人には好色で、意地の強い人には頑固さで道を外します。私は、牧師として、そのような誘惑に負けて信仰を外れた多くの信者を見てきました。

 今日の聖句は、祈りの極意です。異言で祈りながら、その異言の意味を知ろうと努めるのです。「異言で語る人は、人に向かって語るのではなく、神に向かって語ります。」(14・2)。「私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。」(ローマ8・26)。「それを解き明かすことができるように祈りなさい。」(14・13)。

 魂の強い人は、それだけ間違った方向に行くことが多いようです。神に聞く祈りができないと、神に叫びながら、道を踏み外してしまいます。踏み外して戻った人は、非常に少ないのです。「あなたがたは、罪と戦って、まだ血を流すまで抵抗したことがありません。」(へブル12・4)。

Ⅰコリント14章10~19節

  • 14:10 世界には、おそらく非常に多くの種類のことばがあるでしょうが、意味のないことばは一つもありません。
  • 14:11 それで、もし私がそのことばの意味を知らなければ、私はそれを話す人にとって外国人であり、それを話す人も私には外国人となるでしょう。
  • 14:12 同じようにあなたがたも、御霊の賜物を熱心に求めているのですから、教会を成長させるために、それが豊かに与えられるように求めなさい。
  • 14:13 そういうわけで、異言で語る人は、それを解き明かすことができるように祈りなさい。
  • 14:14 もし私が異言で祈るなら、私の霊は祈りますが、私の知性は実を結びません。
  • 14:15 それでは、どうすればよいのでしょう。私は霊で祈り、知性でも祈りましょう。霊で賛美し、知性でも賛美しましょう。
  • 14:16 そうでないと、あなたが霊において賛美しても、初心者の席に着いている人は、あなたの感謝について、どうしてアーメンと言えるでしょう。あなたが言っていることが分からないのですから。
  • 14:17 あなたが感謝するのはけっこうですが、そのことでほかの人が育てられるわけではありません。
  • 14:18 私は、あなたがたのだれよりも多くの異言で語っていることを、神に感謝しています。
  • 14:19 しかし教会では、異言で一万のことばを語るよりむしろ、ほかの人たちにも教えるために、私の知性で五つのことばを語りたいと思います。

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MYoshi
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