「本能と信仰と愛。」 創世記4章2~14節

本能は創造の際に神が生物に与えたもので、人間の場合には欲望・欲求として人為的な要素、個性が付きます。食欲、性欲、睡眠欲は動物にもあり、人間は財欲や名誉欲などが加わります。本能や欲望は、本来悪いものではありませんが、罪によってゆがんだものに変わります。 「肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢は、御父から出るものではなく、世から出るものだからです。」((Ⅰヨハネ2・16)。

 闘争心や支配欲は、人間固有のものと言われています。動物は、生存のために食べるために守るために猟や闘争をしますが、飢えてなければしないようです。人間は、平時でも人を蹴落とし、勝利を得るために戦おうとします。罪の産物でしょう。

 現代社会では、性欲が抑制されなくなり、多くの人を惑わし興奮させています。ところが、不倫や性犯罪を起こすと社会的に抹殺します。性的に扇動しながら、誘惑されると破滅させるとは、サタンのたくらみでしょう。本来は、伴侶を得ようと自らを修練させるための欲だったでしょうが、罪によって自らを崩壊させるものになってしまっています。

 食欲も際限がなくなり、肥満や糖尿病をもたらしています。愛情欲求が満たされないと食欲が増してくるようです。財欲は止めどもなく排他的に富を集めようとし、経済は株主の利益優先で顧客や労働者の利益を損なうものになってしまいました。経済構造が、社会を破綻させるようになってきているのです。また、富や名誉や地位を求めて、犯罪や嘘が横行し、軽薄な人物が権力を握るようになってしまいました。

 今や、本能というよりも欲望が人々を麻痺させ、崩壊させています。その結末として、正義や誠実は虚しいものとなり、裁きをする神をないものと主張しているのです。つまり、神がいたらまずいことを知っているのです。「私たちもみな、不従順の子らの中にあって、かつては自分の肉の欲のままに生き、肉と心の望むことを行い、ほかの人たちと同じように、生まれながら御怒りを受けるべき子らでした。」(エペソ2・3)。

 理性や意思の強い人は、信仰がなくても自分を律して欲望に負けないように暮らします。信仰者と無信仰者の違いは、自分の罪性を自覚しているかどうかです。意思を強調する人が多くおり、親は子どもに頑張って生きろと説きます。しかし、罪の力は、肉の力は、私たちを拘束して滅びに導いてしまいます。

「肉の思いは神に敵対するからです。それは神の律法に従いません。いや、従うことができないのです。」(ローマ8・7)。

 現代社会の特徴は愛しあって生きることに価値を見出していないことです。愛が単なる感情的なもの、本能的なものに留まっているので、平穏で豊かな暮らしができないのです。「御霊によって歩みなさい。そうすれば、肉の欲望を満たすことは決してありません。」(ガラテヤ5・16)というような御霊によって歩むことよりも、信仰者でさえ、本能的、感情的に生きてしまっていて、愛し合うことよりも自らの欲望を満たすことに向いてしまっているのです。

 信仰者が誘惑に陥ったり、欲望で生きたりするのは、神の教えをしっかりと理解していないからです。クリスチャンでも信仰を自分の欲求実現のためと考えている人が多いのです。マズローは自己実現欲求を一番高度なものと論じましたが、それは人間中心主義(ヒューマニズム)の動機で、滅びに至るものです。

 「主はアベルとそのささげ物に目を留められた。しかし、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それでカインは激しく怒り、顔を伏せた。」(4)。自分の信仰行為に神が目を留められないからといって怒るのは、そもそも神への敬虔さがないからです。「アベルもまた、自分の羊の初子の中から、肥えたものを持って来た。」(4)とは、アベルの感謝の気持ちと敬虔さを現しています。

 自分の存在の起源を神として受け留め、自分の働きの産物を神に感謝するべく最上のものを献げることが信仰の現れです。何気なく生きてはいけないのです。

 祈祷会では健全に生きることを語りました。信仰熱心でも、「自分を制し、品位を保ち、慎み深く、信仰と愛と忍耐において健全であり」(Ⅰテトス2・2)、「夫を愛し、子どもを愛し、慎み深く、貞潔で、家事に励み、善良で」(同4.5)なければならないのです。

 信仰は、本能で生きることをやめ、み言葉に従い、御霊によって歩むことが必要なのです。「もしあなたが良いことをしているのなら、受け入れられる。しかし、もし良いことをしていないのであれば、戸口で罪が待ち伏せている。罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。」(4・7)

創世記4章2~14節

  • 4:2 彼女はまた、その弟アベルを産んだ。アベルは羊を飼う者となり、カインは大地を耕す者となった。
  • 4:3 しばらく時が過ぎて、カインは大地の実りを【主】へのささげ物として持って来た。
  • 4:4 アベルもまた、自分の羊の初子の中から、肥えたものを持って来た。【主】はアベルとそのささげ物に目を留められた。
  • 4:5 しかし、カインとそのささげ物には目を留められなかった。それでカインは激しく怒り、顔を伏せた。
  • 4:6 【主】はカインに言われた。「なぜ、あなたは怒っているのか。なぜ顔を伏せているのか。
  • 4:7 もしあなたが良いことをしているのなら、受け入れられる。しかし、もし良いことをしていないのであれば、戸口で罪が待ち伏せている。罪はあなたを恋い慕うが、あなたはそれを治めなければならない。」
  • 4:8 カインは弟アベルを誘い出した。二人が野にいたとき、カインは弟アベルに襲いかかって殺した。
  • 4:9 【主】はカインに言われた。「あなたの弟アベルは、どこにいるのか。」カインは言った。「私は知りません。私は弟の番人なのでしょうか。」
  • 4:10 主は言われた。「いったい、あなたは何ということをしたのか。声がする。あなたの弟の血が、その大地からわたしに向かって叫んでいる。
  • 4:11 今や、あなたはのろわれている。そして、口を開けてあなたの手から弟の血を受けた大地から、あなたは追い出される。
  • 4:12 あなたが耕しても、大地はもはや、あなたのために作物を生じさせない。あなたは地上をさまよい歩くさすらい人となる。」
  • 4:13 カインは【主】に言った。「私の咎は大きすぎて、負いきれません。
  • 4:14 あなたが、今日、私を大地の面から追い出されたので、私はあなたの御顔を避けて隠れ、地上をさまよい歩くさすらい人となります。私を見つけた人は、だれでも私を殺すでしょう。」

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MYoshi
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