「何も思い煩わず。」 ピリピ4章4~14節

クリスマスパーティーはすごく楽しく面白かったですね。

 私には、幾つかのグループが音程を取るためとリズムを取るために流す音源と歌う音程が最初から合っておらず、打ち終わった後に1小節遅れて音源が終わったことが、本当に可笑しかった。失礼ながら、音痴の人は、音がずれていることに気が付かないのですね。音痴の人は15%おり、男性が多いそうです。原因としては、小さい時から音楽に触れておらず、指導も受けていないからで、先天的要因の人は4%くらいだそうです。リズム感も同様なようです。

 私自身は、まったく音楽とは相容れない家庭に育ったので、音痴でリズム感が悪いのを自覚し、中学入学と同時にブラスバンドに入りました。音楽は他の人と一緒に演奏することが大事で、当初は毎日数時間、その後は短時間で7,8年やって、音程が取れるようになり、リズムも身に付けました。私の場合、何でも、後天的に身に付けたことが多く、かなり真剣に時間を掛けて一つずつ習熟してきました。元が何もなかったので、できないのは当たり前だと思い、努力を積み重ねてきました。他も同様です。

 ここで大事なことは習熟するためには、多くの時間と労力、そして知恵を尽くさなければならないということです。天才や秀才、或いは何らかのことに秀でるためには、異常なほどの努力と集中が必要です。日本の社会や教育は、人に迷惑を掛けるなとか、全てにおいて秀でることを求めています。実は、それは軍国主義の中で忠実な労働者を生み出すために練られた政策です。ともかく一生懸命働いて、社会や会社に尽くす人生を過ごして来たら、趣味や芸術、そして教養や信仰も真摯には持ちえません。

 私の娘は、就職して独創的な働きをして数年で責任ある役職になり、海外支店の支店長や役員を約束されたけれども、部下に自分と同じような働き方を強いることはできないと辞職して、3年もの海外旅行をし、現在外資で働き、クリスマス長期休暇を取っています。息子も、働きバチのような仕事をしたくないと独立して、思い通りな仕事をしています。私自身、仕事に縛られるような生活はしていません。

 「何も思い煩わないで」(6)とは、失敗を恐れず、周囲の人を気にせず、神の守りを信じて自由に生きることです。今年、ショックを受けたことは、人の世話にならずに長生きしようと一生懸命努力した義姉が突然死んでしまったことです。他方、気楽に生きて、いつも義姉から怒られていた兄は、若い看護師さんたちの世話になって、介護施設で快適に過ごしています。私には、讃美の人たちと兄の姿が重なって、真理を教えられたように感じました。

思い煩わず、自分の意志に基づいて働ける人は少ないようです。日本では、善良な人たちは、仕事優先かつ競争社会に生き抜くことは難しいのです。音痴な人たちを見て、善良な人たちであり、だからこそ信仰に至ったのだと感じました。音程が取れないなどということは同でも良いのです。楽しい歌でした。

現在の教会員に排他的な人や独善的な人はいません。ただ、良い人、優秀な人になろうと「思い煩う」傾向があるようです。それは奴隷になるような洗脳です。クリスチャンは、良い人ではなく、神を信頼して、神が守ってくださることを信じて暮らす人です。

終末の様相を呈する社会にあって、クリスチャンとして如何に生きるべきかを模索しています。人々の不安は、経済的、健康的、社会的に守られるかどうかです。実際は、仕事はAIに取られ、働く職種は限られ、貧富の差は激しくなり、豊かな経済生活は難しくなっていくでしょう。日々の生活に追われ、教会に通う人も少なくなり、社会は荒れてくるでしょう。

この教会は、過激なことはせず、平凡な信仰生活を営む人を守っていきたいと考えています。教会員が互いに愛し合い、助け合い、守りあって生きる、それで十分です。喜んで過ごしましょう。そして、「世の光、地の塩」(マタイ5・13.14)として生きましょう。

「貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処」(12)して信仰を守るのです。「思い煩う」と信仰を失い、生活も破綻するでしょう。

「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。」(13)とは、積極的に生きることではなく、「苦難を分け合」うことになってきます。仕事に熱心すぎると、罪の奴隷になっていきます。今や、熱心に働いても業績を上げることも、豊かになることもできない時代になりつつあります。

「あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。」(5)。競争ではなく、喜び平安に過ごすことを求める人々が集う教会になっていきたいと考えております。

ピリピ4章4~14節

  • 4:4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。
  • 4:5 あなたがたの寛容な心が、すべての人に知られるようにしなさい。主は近いのです。
  • 4:6 何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
  • 4:7 そうすれば、すべての理解を超えた神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。
  • 4:8 最後に、兄弟たち。すべて真実なこと、すべて尊ぶべきこと、すべて正しいこと、すべて清いこと、すべて愛すべきこと、すべて評判の良いことに、また、何か徳とされることや称賛に値することがあれば、そのようなことに心を留めなさい。
  • 4:9 あなたがたが私から学んだこと、受けたこと、聞いたこと、見たことを行いなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。
  • 4:10 私を案じてくれるあなたがたの心が、今ついによみがえってきたことを、私は主にあって大いに喜んでいます。あなたがたは案じてくれていたのですが、それを示す機会がなかったのです。
  • 4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満足することを学びました。
  • 4:12 私は、貧しくあることも知っており、富むことも知っています。満ち足りることにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
  • 4:13 私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。
  • 4:14 それにしても、あなたがたは、よく私と苦難を分け合ってくれました。

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MYoshi
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