今週のメッセージ 「家庭を良く治める。」 Ⅰテモテ3章1~11節

 夫婦が人前でも言い争ったり、不満や文句を言っていることを見る機会が多くあります。クリスチャンでも、そういうことは見受けられ、文句をいう側は、自分の不満に周囲の人も同情してくれると思い込んでいます。不満や苦情を言う人を快く思わないのは常識ですが、自分が持つ積み重ねた伴侶に対する不満を理解してもらおうと、更にその理由を弁解します。伴侶の方も、相手に言い返すか、諦めて沈黙や無視をして、相手にしないと更に怒りを招くことになります。

 結婚は、「あなたは神の教えに従って、夫(妻)としての分を果たし、常に妻(夫)を愛し、敬い、慰め、助けて変わることなく、その健康の時も、病の時も、富める時も、貧しき時も、いのちの日の限りあなたの妻(夫)に対して堅く節操を守ることを約束しますか。」と誓わなければ、司式者は結婚式を執り行いません。

 誓いや約束を軽視する人は信用されません。自らの価値も低く置いているのではないかと思われます。独身の時の在り方、生活方法を変えないでいることは、伴侶に対して不遜であり、結婚生活がうまくいくはずはありません。私は、日本的習慣や考え方は聖書とは違っていると何度もお話ししていますが、実は、定着した考え方こそが、人生を左右し、信仰生活を不安定にしてしまうのです。その人の生まれも育ちも、聖書の教えに従って生きるには、邪魔です。それなのに、変えようとしないで自分を主張する、つまり罪の生活を助長するのです。

 「分を果たす」とは、自分の務めや役割、義務をやり遂げることです。男の務めとして、稼いで経済的に家を支えると考える人が多くおりますが、それでは妻が働いたら、どうなのでしょうか。夫の役割は、「家庭をよく治め、十分な威厳をもって子どもを従わせている人」(4)です。妻や家族を守り、助ける夫でなければ、結婚した意味がありません。妻や子供の話をよく聞き、助けない夫がどうして敬られることがありましょうか。社会的にも責任を果たし、マナーをよく理解して守る習慣を身に着けていなければなりません。子供に教え、社会的に対応できるように育てるのは父親の役割です。妻に自分と同じ考え方を押し付けたり、服従を強いることはしてはいけません。家事も何も、自分の勤めを確認しながら、果たし、そして妻子を愛し、慈しんでいくことが必要です。

 妻の分を果たすということも日本では伝統的に間違っているようです。ただ、子供を産むこと、母乳を与えること、そして、忍耐深く愛情深い子育ては、男性にはできません。また、妻の愛情と寛容、優しさが夫には必要です。女性には、体力的、情緒的に不向きなことがありあますが、それを夫が理解し助けないと、妻にはストレスになります。

 夫婦は伴侶(連れだって共に生きる)であり、「男は父と母を離れ、その妻と結ばれ、ふたりは一体となるのである。その時、人とその妻はふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。」(創世記2・25)。夫婦の間では、隠し事や見栄を張ること、弱点や欠点も気にしないで素のままに受け容れあうことが大事です。自分の家柄や能力・地位を誇り、伴侶を見下げることなどあってはなりません。

 「復活の時には人はめとることも嫁ぐこともなく、天の御使いたちのようです。」(マタイ22・30)。つまり、男女の違いや夫婦の軋轢は、この世における神の試金石なのです。違いがあり、意思疎通がうまくいかない他人同士が、夫婦となって共に生き、愛し合うことが、人に与えられた課題なのです。そして、それには時間と経験と多くの失敗が掛かります。それで先週お話ししたように、独身ならば、そういう軋轢なしに、自らを「聖なるもの」(Ⅰコリント7・34)なろうとすることができると説いているのです。

 子育ては、「家庭を治める」ための訓練期間です。3歳くらいから始めなければなりません。そして、両親の関係と生き方が、そのサンプルとなります。手を抜いたり、夫婦仲が悪かったりすると、その不正の代価は高いものとなり、労は多くなります。料理や家事をさぼると不健康になり、十分な働きもできなくなります。子供をしっかりと育てるということは、自らの規律にもなります。

 夫婦であろうと独身であろうと、自分の家庭を形成し治めるという努力は種まきのようです。その努力は必ず自ら刈り取ることになります。「わずかだけ蒔く者はわずかだけ刈り入れ、豊かに蒔く者は豊かに刈り入れます。」(Ⅱコリント9・6)。親が家庭造りに一生懸命に日々努力した姿と躾は、子どもの生活にも反映して、その人生を形成していきます。「その人は流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結びその葉は枯れずそのなすことはすべて栄える。」(詩篇1・3)

Ⅰテモテ3章1~11節

  • 3:1 次のことばは真実です。「もしだれかが監督の職に就きたいと思うなら、それは立派な働きを求めることである。」
  • 3:2 ですから監督は、非難されるところがなく、一人の妻の夫であり、自分を制し、慎み深く、礼儀正しく、よくもてなし、教える能力があり、
  • 3:3 酒飲みでなく、乱暴でなく、柔和で、争わず、金銭に無欲で、
  • 3:4 自分の家庭をよく治め、十分な威厳をもって子どもを従わせている人でなければなりません。
  • 3:5 自分自身の家庭を治めることを知らない人が、どうして神の教会を世話することができるでしょうか。
  • 3:6 また、信者になったばかりの人であってはいけません。高慢になって、悪魔と同じさばきを受けることにならないようにするためです。
  • 3:7 また、教会の外の人々にも評判の良い人でなければなりません。嘲られて、悪魔の罠に陥らないようにするためです。
  • 3:8 同じように執事たちも、品位があり、二枚舌を使わず、大酒飲みでなく、不正な利を求めず、
  • 3:9 きよい良心をもって、信仰の奥義を保っている人でなければなりません。
  • 3:10 この人たちも、まず審査を受けさせなさい。そして、非難される点がなければ、執事として仕えさせなさい。
  • 3:11 この奉仕に就く女の人も同じように、品位があり、人を中傷する者でなく、自分を制し、すべてに忠実な人でなければなりません。
  • 3:12 執事は一人の妻の夫であって、子どもと家庭をよく治める人でなければなりません。

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MYoshi
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