「正直者は馬鹿を見ない。」 Ⅰ列王記9章1~7節

世の人々が軽くなり、簡単に嘘や誤魔化しをするようになってきました。上司や地位のある人々にへつらい、金や成功のためならば何でもするとは、どのように育ってきたのかと危うく思います。

 友人が死にかかっています。食事も水もとれなくなり、点滴を勧められましたが、「人も動物も食物や水を摂れなくなったらそれで終わりだ。天国に行くのを伸ばさないでくれ」と家族に言っています。その妻は、ご主人の世話をしながら、にこやかにその生き方を受け入れています。

その友と先週2回も会ってきました。人生を振り返り、神に仕えて悔いのない人生を送ってきたので、御心ならばいつでも死ぬ覚悟はできているとのことでした。死ぬ間際になって誠実に話し合える人と分かり合えることは喜びであると言っていました。神の国への期待を強く感じました。

「正直者は馬鹿を見る」のことわざは、「悪賢い者がずる賢く立ち回って得をするのに反し、正直な者はかえってひどい目にあう」という意味です。世の中は、正直に生きても報われない、「馬鹿正直」などとあざけります。それは、神を信じない人々の論理です。神を信じる者が、そのような惑わしに乗ってはいけません。私は惑わされ破船した信仰者を多く見てきました。正直は「真実を語る」ことで、誠実は「他人や仕事に対して、まじめで真心がこもっていること」だそうです。私は、愚直(周囲から愚かに見えても自分の信念を貫く)が好きです。

 聖書は、「あなたは善良な人たちの道に歩み、正しい人たちの進む道を守る。正直な人たちは地に住まいを得、全き人たちは地に生き残る。」(箴言2・20.21)、「 主は正直な人のために、すぐれた知性を蓄え、誠実に歩む人たちの盾となり、公正の道筋を保ち、主にある敬虔な人たちの道を守られる。」(同2・7.8)と言っています。神は正直な人を求めておられるのです。小知恵をもって賢しく生きることは、神を信頼して生きていない人のすることで、神の祝福は得られません。

私たちがクリスチャンらしく、正直に生きるならば、神は私たちを守り、祝福し、反映していくのです。大事なことは、この罪深い社会にあって、神の注視を感じながら正直生きていくことなのです。神が守ってくださることを期待して生きるのです。そしてこそ、神の国の栄光に迎え入れられるのです。

多くの人の人生の末路を見てきました。巧みに自らを敬虔な者と装っても、正しく生きる者の目には、偽善は見えてしまいます。神が見逃すはずがありません。欺瞞が通ると思うこと自体が、その人の不誠実を現しています。誠実に生きようと願うならば、嘘をつくことはできません。誤魔化しもできないはずです。悪人や邪まな者とも同調できません。誠実に生きることは、悪に負けない根性が必要です。

 「主は天から目を注ぎ人の子らをすべてご覧になる。」「主は一人ひとりの心を形造りわざのすべてを読み取る方。」(詩篇33・13.14)。

 その人の主義主張、習慣や頑固さが、主の教え通りに生きることを妨げることはよくあります。サタンの誘惑は巧妙で人の弱みに付け込みます。イエス様は「試みる者」(マタイ4・3)の誘惑に打ち勝ちました。欲望や願望、成功などに釣られて自らを変えてはいけません。

 「あなたはまた、民全体の中から、神を恐れる、力のある人たち、不正の利を憎む誠実な人たちを見つけ、千人の長、百人の長、五十人の長、十人の長として民の上に立てなさい。」(出エジプト18・21)。誠実な人でなければ、人は付いてきません。自分を正当化して、思い通りに生きようとする人がいますが、信頼してはいけません。信念と誠実さを持たず、方針や生き方を変える人は滅びていきます。

 「あなたのしもべダビデの誠実な行いの数々」(Ⅱ歴代6・42)、「ヒゼキヤについてのその他の事柄、その誠実な行い」(同32・32)、「ヨシヤについてのその他の事柄、主の律法に記されているところに基づいた彼の誠実な行い」(同35・26)。「私が神の宮とその務めのためにした数々の誠実な行い」(ネヘミヤ13・14)などとあり、誠実な人こそ苦難の中でも神に忠実に仕えていくのです。

 自由を得た鶏が仲間から羨ましがられ、憎まれ、もはや鶏小屋に戻れなくなり、一羽小屋に住んでいることを祈祷会で話しました。私たちも、神に選ばれ、信仰の自由を得たのです。もはや中途半端に生きていくことはできないのです。

死に際して、人生を振り返り、神への献身と誠実さを確認できる人は幸いです。家族との慈しみを味わっている人は幸せです。語り合う友を得ている人は幸いです。携え上げてくださる神を期待しましょう。

Ⅰ列王記9章1~7節

  • 9:1 ソロモンが、【主】の宮と王宮、および、ソロモンが造りたいと望んでいたすべてのものを完成させたとき、
  • 9:2 【主】は、かつてギブオンで現れたときのように、ソロモンに再び現れた。
  • 9:3 【主】は彼に言われた。「あなたがわたしの前で願った祈りと願いをわたしは聞いた。わたしは、あなたがわたしの名をとこしえに置くために建てたこの宮を聖別した。わたしの目と心は、いつもそこにある。
  • 9:4 もしあなたが、あなたの父ダビデが歩んだように、全き心と正直さをもってわたしの前に歩み、わたしがあなたに命じたことすべてをそのまま実行し、わたしの掟と定めを守るなら、
  • 9:5 わたしが、あなたの父ダビデに『あなたには、イスラエルの王座から人が断たれることはない』と約束したとおり、あなたの王国の王座をイスラエルの上にとこしえに立たせよう。
  • 9:6 もし、あなたがたとあなたがたの子孫が、わたしに背を向けて離れ、あなたがたの前に置いたわたしの命令とわたしの掟を守らずに、行ってほかの神々に仕え、それを拝むなら、
  • 9:7 わたしは彼らに与えた地の面からイスラエルを断ち切り、わたしがわたしの名のために聖別した宮をわたしの前から投げ捨てる。イスラエルは、すべての民の間で物笑いの種となり、嘲りの的となる。

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MYoshi
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