今週のメッセージ「苦い悪意と不義の束縛にいる信者。」 使徒8章12~24節
ビュー研究所2022の年の調査で、アメリカ人の25%が福音派でその6割が終末を信じ、現代の政治的・社会的対立はその兆候であると信じているとのことです。また、34%のアメリカ人が「ボーンアゲイン」(信仰による生まれ変わり)を体験し、「イエス・キリストが生者と死者を裁くために再臨する」ことを信じて、自らを神の側に立つことが重要であり、世俗化や道徳的退廃に立ち向かうべきであると考えているそうです。彼らは、トランプ大統領の言動に困惑しながらも、同性婚や妊娠中絶、イスラエル政策について、自分たちの主義を守るために戦い、それが推進されたオバマ政権のようなことは決して許さないと決意しているそうです。中心的には、ペンテコステ・カリスマ派がいるようです。
振り返って、日本のクリスチャンは人口の1%以下で、隠れキリスタンのように、迫害や批判を恐れて、ひそかに信仰を守る人が多いようです。
その原因としては、教会で語られるのが聖書の宣言ではなく、聖書の知識や格言であり、神のことばとしての聖書に聴くというよりも、むしろ、その人の知識や教養を高めるために教会に来る人が多く、牧師も信者に気を使ってしまい、聞きやすい「お話し」をする傾向が強いようです。
また、神のことばに従って生きようとする人が少なく、信仰の証しやダイナミズムを知らないようです。信者自体も、毎日聖書を読む人が少なく、祈りや教会にかける時間もすくなく、自分の不信仰に不安を覚えない程度の信仰を保とうとしているようです。率直に言えば、神よりも人を恐れているのです。それでは、裁きの神の前に立ちおおせないのですが、驚くべきことに終末や裁きを教える教会も少ないようです。
さて、先週、迫害の中で、エルサレムに住むことができなくなった信者たちは、離散して、各地で「みことばの福音を伝えながら巡り歩いた。」(8・4)ことをお話ししました。殉教したステパノと共に選ばれた7人の執事たちの一人ピリポはサマリアで伝道し、「彼が行っていたしるしを見て」(6)人々が関心を持ちました。悪霊の除去や癒し多くありました。
私は、病の癒しの賜物がありますが、信仰による癒しには幾つか条件があります。未信者の場合には、神がおられるしるしとして、祈る人の霊力で癒しが起こることが多くあります。でも、祈られる人が、救われる人とか誠実な人であることが必要です。信者の場合では、祈られる側がおまじないや上辺の祈りでなく、切に癒しを求める思いがないと効きません。癒しというのは、信仰の成長の為のパンであり、神に請願か、すがる思いがないと癒されても意味がないので、癒されません。
シモンがした魔術でも癒されることはあります。悪霊は、相手を支配する目的で癒しや占いをするのです。クリスチャンは、決して占いや宗教を試してはいけません。心が支配されます。聖霊は、支配ではなく、私たちを聖め成長させるのですが、聖霊に委ね、主にある働きをするために癒しを為されます。この世での使命がなく、神の国に入るのであれば、癒しよりも召されるほうが良いかもしれません。神の国に入る条件をクリヤしていない場合には、癒されて聖められたほうが良いでしょう。
魔術師シモンは、自らを「偉大な者」と豪語して魔術をしていましたが、それがごまかしであることを知っていました。「シモン自身も信じてバプテスマを受けると、いつもピリポに付き従って、しるしと大いなる奇跡が行われるのを見ては驚いていた。」(13)。
シモンは、聖霊のバプテスマを与える力が欲しくて、それを金で買おうとします。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。」とペテロに見透かされて怒られます。「おまえの心が神の前に正しくないからだ。」と言われます。
この「神の前に正しい心」ということを理解していない人が多くおります。先週、「神が鞭を加える」理由を語りました。自我が強く、神の前に自分の正当性や正しさを主張するならば、へりくだるまで鞭が加えられます。神にある権威や賜物も、「苦い悪意と、不義の束縛の中にいる」者には与えられません。シモンは、「あなたがたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」とペテロの前にぬかずきました。これが大事なのです。
先日、「祈ってます。」と言いながら、それを儀礼のことばとして実際には祈っていない人々が多いことを指摘しました。クリスチャンでも、そういう神の前に冒涜的な行為をする人が多くおります。「祈ります。」と言ったら、必ずきちんと祈らない人は、偽善者です。
同様に、「祈ってください。」と言いながら、祈られるために膝を折らない、進み出ない人がいます。イエス様が貧しいやもめの2レプタを誉め、律法学者を責めたのを忘れてはいけません。
信仰生活というのは、全能の神の前に歩むということです。自分の正しさなど誇れるものではありません。信仰を比較しても、神の前では全く価値のないものであることを認めなければなりません。私たちは、苦い悪意と、不義の束縛の中にいる」のです。それを認め、悔い改め、自分を見るのではなく神のしもべとして働くことが大事です。
使徒8章12~24節
- 8:12 しかし人々は、ピリポが神の国とイエス・キリストの名について宣べ伝えたことを信じて、男も女もバプテスマを受けた。
- 8:13 シモン自身も信じてバプテスマを受けると、いつもピリポにつき従って、しるしと大いなる奇跡が行われるのを見ては驚いていた。
- 8:14 エルサレムにいる使徒たちは、サマリアの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところに遣わした。
- 8:15 二人は下って行って、彼らが聖霊を受けるように祈った。
- 8:16 彼らは主イエスの名によってバプテスマを受けていただけで、聖霊はまだ、彼らのうちのだれにも下っていなかったからであった。
- 8:17 そこで二人が彼らの上に手を置くと、彼らは聖霊を受けた。
- 8:18 シモンは、使徒たちが手を置くことで御霊が与えられるのを見て、使徒たちのところに金を持って来て、
- 8:19 「私が手を置く者がだれでも聖霊を受けられるように、その権威を私にも下さい」と言った。
- 8:20 しかし、ペテロは彼に言った。「おまえの金は、おまえとともに滅びるがよい。おまえが金で神の賜物を手に入れようと思っているからだ。
- 8:21 おまえは、このことに何の関係もないし、あずかることもできない。おまえの心が神の前に正しくないからだ。
- 8:22 だから、この悪事を悔い改めて、主に祈れ。もしかしたら、心に抱いた思いが赦されるかもしれない。
- 8:23 おまえが苦い悪意と、不義の束縛の中にいることが、私には見えるのだ。」
- 8:24 シモンは答えた。「あなたがたが言ったことが何一つ私の身に起こらないように、私のために主に祈ってください。」
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