今週のメッセージ「父としてのアブラハム、イサク、ヤコブ。」創世記49章28~33節
「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。神の人がすべての良い働きにふさわしく、十分に整えられた者となるためです。」(Ⅱテモテ3・16.17)
最近は偽情報に溢れています。画像や声をAIで作り、本人が言っているように造り出すのですから、多くの人が騙されます。フェースブックやSNS,ユーチューブでも、それが本当に効果的に効くとか、質が良いと宣伝して、「割引の内に今すぐ買いましょう!」などと惑わしています。
健康、料理、医療、スポーツ、などの「常識」も、実は造られたものが多いのです。生活の在り方や子育ても、親の在り方も、惑わされたものが多くあります。そういうものに、お金を掛け、時間を掛け、労苦して取り組んで、疲れ果ててしまうようです。
これらの理由は、日本が宗教なき社会だからであり、宗教者さえも、一般的価値観、「罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って歩んでいました。」(エペソ2・2)。冒頭のような聖書の教えに従って歩んでいるクリスチャンは少ないのが実情です。聖書よりも、ニュースやコマーシャルによって影響を受けるのです。
それらの根本は父親が、聖書的に生きていないからです。今日は、アブラハム、イサク、ヤコブからその生き方を学びます。
① 誰と親しくするか気を付け、この世に付く者とは離れた方が良い。
アブラハムは、高齢になっても、子供がいなくても、信仰の歩みを続けました。共に生きる甥のロトが低俗であり、自分に属する者を管理できなくて争いを引き起こすので、分かれて住むことにしました(創13章)。信仰者は、この世の価値観によって生きる人々や情報に染まらないように注意をしなければなりません。
② 攻撃されたら、なんとしても勝とうと戦う。
アブラハムは、「彼の家で生まれて訓練された者318人を引き連れて」(創14・14)、4人の王たちと軍隊を打ち破りました。男として、父親として大事なことは戦う勇気です。最近の男性は、戦う気力がなく、巧みに弁解して逃げようとします。戦いに負けて侵略されたら、家族は奴隷になります。敵の奴隷、有力者の奴隷、金の奴隷、卑怯者の奴隷、負けたらどうしようなどと悩むことはできません。「ケンカはだめ、戦いはだめ、皆仲良く」と言いますが、世の中はそんなに甘くはありません。男性が尊敬されるのは、家族を守るために命を懸けるからです。
③ 戒めを守り、犠牲を払う。
十戒を厳密に守ろうとしたら、「嘘も方便」などと考える人々はアウトです。「安息日を聖なるものとせよ。」(出20・8)。「父と母を敬え。」(12)。「姦淫してはならない。」(14)なども、守られていない。「それらを守ったら損をする。馬鹿真面目なだけだ。」などと惑わされています。真摯な信仰には犠牲は当然なことです。アブラハムは、一人息子を捧げるという命令にもすぐに従いました。信仰生活を邪魔するものは理性であり、損得勘定です。
④ 神に依存して生きていた。
イサクを与えられることも、イサクの嫁を得ることも、打算ではなく、神に依存しています。信仰者と言えども、この世の知識や情報によって判断している人が多くおります。
⑤ 神の祝福を得て繁栄した。
イサクから井戸を奪い続けても反映するのを見て、「私たちは、主があなたと共におられるのを確かに見ました。」(26・28)とアビメレク王に言われました。「人を富ませるのは主の祝福。人の苦労は何も増し加えない。」(箴言10・22)を実践しました。
⑥ 父の教えと信仰に従った。
ヤコブは、「もし、私の父祖の神、アブラハムの神、イサクの恐れる方が私についておられなかったなら」(創31・42)と神が自分を守っておられることを告白しています。「ヤコブも、父イサクの恐れる方にかけて誓った。」(31・53)。
⑦ 「エジプトのファラオを祝福した」(47・7)ほど権威があった。
ヤコブは長い年月、神に従い通して、苦難や試練を乗り越えてきたからこそ、権威が身に付いてきたのです。
母親は出産によって、ふつうは母性愛が身に付きます。父親は、子供の乳児期に関わらないと、どのように子育てをして良いかわからず、放置していると父親として人間として堕落していきます。子育ては、楽なものではなく、「父の訓戒に聞き従え。母の教えを捨ててはならない。」(箴言1・8)を実践させる中で、子供が成長すると共に、親も成長するのです。子供は罪ある者として生まれたことをしっかりとわきまえ、親がしっかり育てないと道を外れた生活をすることになります。「楽な子育てだった。」と言うならば、それは子育てを責任もってしていなかった証拠です。人を愛し、育てるということは、安易なものではありません。
創世記49章28~33節
- 49:28 これらはすべてイスラエルの部族で、十二であった。これは、彼らの父が彼らに語ったことである。彼らを祝福したとき、それぞれにふさわしい祝福を与えたのであった。
- 49:29 また、ヤコブは彼らに命じた。「私は、私の民に加えられようとしている。私をヒッタイト人エフロンの畑地にある洞穴に、先祖たちとともに葬ってくれ。
- 49:30 その洞穴は、カナンの地のマムレに面したマクペラの畑地にあり、アブラハムがヒッタイト人エフロンから、私有の墓地とするために、畑地とともに買い取った洞穴だ。
- 49:31 そこにはアブラハムと妻サラが葬られ、そこにイサクと妻リベカも葬られ、そこに私はレアを葬った。
- 49:32 その畑地とその中にある洞穴は、ヒッタイト人たちから買ったものだ。」
- 49:33 ヤコブは息子たちに命じ終えると、足を床の中に入れ、息絶えて、自分の民に加えられた。
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