「選ばれた信仰。」 イザヤ書46章3~4節 櫻井圀郎協力牧師

1 世界情勢は緊迫しています。

 第二次大戦、石油が日米開戦の要因でした。ABCD包囲網の対日禁輸で窮し、蘭領インドネシアの石油確保に走りました。八十年以上を経た今日、同じような禁輸や石油危機に見舞われています。

 地上では、「力こそ正義なり」という詭弁が蔓延していますが、暴力は反正義です。正義は、神の意思である法秩序に叶うことです。法に従い、神の御心を行う意思です。聖書では、神の御心に反する「罪人」は地獄とされ、神の御心に叶う「義人」は天国、と完全に区別されます。

 日本語で「正義」とは、神の御心に完全に従う「信仰」「意思」「心」です。完全に従えない私たちには、完全な主イエス基督が救い主となります。基督を信じるとは、基督に自己を全部委ねることです。もはや、自分は自分ではなく、基督の一部なのです。基督に担われた者です。基督の故に神の心を行えるのです。とはいえ、自分の意思で神の心を行う決心が不可欠です。

 車を運転していて気になることがあります。道路交通法は「右折するときは、交差点の中心の直近の内側を」と規定し、自動車学校では「内大回り」と教えられた筈ですが、殆どの車がこのルールを忘れているようです。右左折のノーウインカー、三台に一台の割合とか。右折で大回りし、ウインカーを出すのはダサいというのです。ルールを破るのがかっこいいという心理です。ルールの根源は神の御心ですから、神の御心に反するのがかっこ良いというのです。エデンの園でエバに働きかけた悪魔の心理です。

2 「我に聞け。ヤコブの家よ。イスラエルの家の残りの全ての者よ。胎の中から荷なわれた者らよ。胎内からの族長よ」

 私たちは、基督にあって、真のイスラエルです。胎内から神によって選ばれ、荷われて来たのです。組織神学では、一度定められ、変更されることがない神の御業を「聖定」と言い、「創造」「摂理」「選び」の三つがあるとします。「摂理」は、神が被造物の一切の行動を定め導かれるということです。これを知ることは大きな助けです。何気ない日常の些細な事柄一切が神の御手の内にあるのです。選びは胎内から始まっています。その後の人生のあらゆる側面に、神の選びが現れています。もちろん、最高の選びは、神の民への選びです。

3 「我に聞け。ヤコブの家よ。イスラエルの家の残りの全ての者よ。胎の中から荷なわれた者らよ。胎内からの族長よ。」神は、選ばれた者に向かって、「我に聞け」と言っています。当然の、大原則です。神が定められたことなのですから、定められた神に尋ね、聞くのが至当です。

 「老年に至るまで、我こそは、白髪に至るまで、我が(汝の)重荷を負う。我が為さしめ、我が運び、我が担い、我が救う」一生涯を、神が重荷なる私を負ってくださるのです。神が私に何かを為させ、私に役目を与え、決断させ、行動させてくださるのです。神が私を運んで、動かしてくださり、常に、私を担って、最後には救ってくださるのです。信仰の根本を再認識させられます。

 イスラームでは、一日五回の礼拝が定められています。とはいえ、あくまで信仰上のルールなので、国家の刑法のような罰則はありませんし、無理な礼拝が強いられているのではなく、困難な者の免除も定められています。強制された道路交通法ですら守れないのなら、任意の信仰を守るのは極めて大変です。毎週日曜日に教会に行き礼拝し、献金を献げるのはダサい、自分の仕事で神に祈り、聖霊の助けを求めるのはダサい、個人の悩みで基督に祈るのはダサい、のでしょうか。

 エゼキエル書33章13節には、「わたしが正しい人に、『あなたは必ず生きる。』と言っても、もし彼が自分の正しさに拠り頼み、不正をするなら、彼の正しい行ないは何一つ覚えられず、彼は自分の行なった不正によって死ななければならない」と書かれています。クリスチャンだから天国と豪語して、正義に反することを行うと地獄へ行くよ、という戒めです。

ダニエルは、日に三度、エルサレムに向かい、窓を開け、ひざまずいて、神に祈るのを日課としていました(ダニエル六章)。それに目をつけた政敵が、神に祈るのを禁止する法律を発布しますが、ダニエルは日課を止めません。強制ではないので、やめても構いませんが、ダニエルは、自分の信仰の問題としてやめません。待ってましたとばかりに、政敵に逮捕され、ライオンによる死刑に処されますが、神がライオンの口を閉ざして、ダニエルを守られました。

 強制されて従うのではなく、自ら意思して守る、それが信仰です。

 ダサい信仰、あえて守るのは、選ばれた者の証しです。

イザヤ書46章3~4節 

  • 46:3 ヤコブの家よ、わたしに聞け。イスラエルの家のすべての残りの者よ。胎内にいたときから担がれ、生まれる前から運ばれた者よ。
  • 46:4 あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたが白髪になっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。わたしは運ぶ。背負って救い出す。
  • 46:5 わたしをだれになぞらえて比べ、わたしをだれと並べて、なぞらえるのか。
  • 46:6 袋から金を惜しげなく出し、銀を天秤で量る者たちは、金細工人を雇って、それで神を造り、ひざまずいては、これを拝む。
  • 46:7 彼らはこれを肩に担いで運び、それがあったところに安置すると、それはそこに立ったままである。これはその場所から動かない。これに叫んでも答えず、苦しみから救ってもくれない。
  • 46:8 このことを思い出し、勇み立て。背く者たちよ、心に思い返せ。
  • 46:9 遠い大昔のことを思い出せ。わたしが神である。ほかにはいない。わたしのような神はいない。
  • 46:10 わたしは後のことを初めから告げ、まだなされていないことを昔から告げ、『わたしの計画は成就し、わたしの望むことをすべて成し遂げる』と言う。
  • 46:11 わたしは東から猛禽を、遠い地から、わたしの計画を行う者を呼ぶ。わたしは語って、それを来たらせ、計画を立てて、それを実行する。
  • 46:12 わたしに聞け、頑なな者たちよ。正義から遠く離れている者たちよ。
  • 46:13 わたしは、わたしの義を近づける。それは遠くはない。わたしの救いが遅れることはない。わたしはシオンに救いを、イスラエルにわたしの栄えを与える。」

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MYoshi
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