「苦しみと呻きを増された母。」 創世記3章15~21節
最初の女性、最初の母となったエバは、この時点では母となっていません。人として造られたばかりで、経験も判断も知識も未成熟です。現代女性ならば、科せられた罰に対して不満も弁解も抗議も一杯あるでしょう。
実際の社会における女性の立場は、やはり「苦しみと呻き」そのものであります。生計の手段としての肉体の強さは男性が優位であり、狩猟や戦闘の社会では、女性の立場は男性に守られることが必要であり、弱かったでしょう。古代日本では、女王卑弥呼にみられるように男女の差別はなく、子供を産み育て家事を守る女性の立場は強く、政治的社会的にも活躍していたと思われます。女性天皇も多く存在しましたが、女性を不浄とする仏教の影響もあり、平安時代頃から家父長制の定着もあり、急激に女性の立場は劣悪になってきました。社会が制度的体制的になるほど、女性の立場は低くなり、明治時代初期はひどいものでした。
仏教においては、女性は一度男性に生まれ変わらなければ成仏できないとする思想があり、女性は、梵天王、帝釈天、魔王、転輪聖王、仏陀という5つの聖なる存在になれないと教えられます。
イスラム教では、女性の立場が厳しく制限され、教育や就労も難しく、女性は親族以外の男性に触れられてはいけないために、医療を受けることもできない国がおおくあります。
キリスト教においては、今日の聖句にあるように原罪の原因としてのエバの過ちとして女性は罰せられた存在であるとされました。
「夫は妻の頭なのです。」(エペソ5:23)、「女は、よく従う心をもって静かに学びなさい。私は、女が教えたり、男を支配したりすることを許しません。」(Ⅰテモテ2・11.12)、「女の人は教会で黙っていなさい。彼女たちは語ることを許されていません。律法も言っているように、従いなさい。もし、何かを知りたければ、家で自分の夫に尋ねなさい。教会で語ることは、女の人にとって恥ずかしいことなのです。」(Ⅰコリント14・34.35)などの軽視があります。
全国聖会講師のドミニク師は、女性が教育を受ける機会がなく、男女の座る席が分かれていたので、説教の内容が分からない時に、夫に遠くから質問をしていたので、と解釈をしてくださいました。ともかく、良識ある牧師にとって、この聖書にある女性蔑視の教えは、説明に苦慮します。
歴史的には、キリスト教が布教された地域で女性の権利が認められ、活躍が推進されてきたのですが、神父や牧師などで女性の任職を認めない教派もいまだあります。
聖書を読んで、ヒューマニズムで勝手に破ったり、解釈すると神の祝福を失います。「聖書のどんな預言も勝手に解釈するものではないことを心得ておきなさい。」(Ⅱペテロ1・20)。
男性が労働者として、「大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。」(17)ということは、熱心に働かない者は神の祝福も、繁栄もないということで受け入れられます。女性の、「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」(16)は、女性存在そのものへの呪いとして理不尽と思われてしまいます。
イエス様が十字架に掛かる時、立派なことを言い、弟子であることを誇っていた男たちは皆、逃げてしましました。「大勢の女たちがいて、遠くから見ていた。」(マタイ27・55)、「マグダラのマリアともう一人のマリアはそこにいて、墓の方を向いて座っていた。」(同61)。彼女たちは、「墓を見に行った。」(同28・1)。兵隊を恐れず、「準備しておいた香料をもって墓に来た。」(ルカ24・1)。教会に来ているのも女性の方が多いし、試練や迫害でも、誘惑に負けないのも女性です。
要するに、女性たちは「苦しみや呻き」が増しても、慣れてしまい負けないのです。「夫を恋い慕」っても、夫の対応は理不尽であって、愛ではなく自分勝手に支配しようとします。「苦しんで子を産む。」けれども、「子を産むことによって救われます。」(Ⅰテモテ2・15)。
「自分の十字架を負ってわたしに従って来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。」(マタイ10・38)とイエス様は言われましたが、自分の十字架を負い、試練や苦難の中でも信仰を守るのは、女性のほうがはるかに男性よりも多いのです。特に最近は、男たちはすぐに泣き言を言い、弱音を吐きますが、母は強い、女性は負けません。
男たちは、経験が大事とか、理屈を考えます。この聖書の箇所でも、「私のそばにいるようにとあなたが与えてくださったこの女が、あの木から取って私にくれたので、私は食べたのです。」(創世記3・12)と責任を転嫁し、神をも非難しています。母の日がこんなにも多くの人に祝われているのに、父の日がついでのように持たれているのは、現実の現れかと思われます。お母さん方、ありがとうございます。
創世記3章15~21節
- 3:15 わたしは敵意を、おまえと女の間に、おまえの子孫と女の子孫の間に置く。彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」
- 3:16 女にはこう言われた。「わたしは、あなたの苦しみとうめきを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。また、あなたは夫を恋い慕うが、彼はあなたを支配することになる。」
- 3:17 また、人に言われた。「あなたが妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、大地は、あなたのゆえにのろわれる。あなたは一生の間、苦しんでそこから食を得ることになる。
- 3:18 大地は、あなたに対して茨とあざみを生えさせ、あなたは野の草を食べる。
- 3:19 あなたは、顔に汗を流して糧を得、ついにはその大地に帰る。あなたはそこから取られたのだから。あなたは土のちりだから、土のちりに帰るのだ。」
- 3:20 人は妻の名をエバと呼んだ。彼女が、生きるものすべての母だからであった。
- 3:21 神である【主】は、アダムとその妻のために、皮の衣を作って彼らに着せられた。
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