「主は身を低くして天と地をご覧になる。」詩篇113篇

ハレルヤ!、と主の御名を心から褒めたたえる人こそ、真の信仰者です。偽りの信仰者は、神を褒めたたえることができないし、しようともしません。しかし、今や、日の上るところから沈むところまで、つまり世界中に真の信仰者がおります。神の目にはそれがしっかりと捉えられているのです。

本屋では、多くの知的理解の本があります。宗教の全て、とか、キリスト教の神髄、とか、分かり易く説明しています。日本人は、知的欲求が強く、理解しようとする人々が多くおります。テレビのクイズ番組の多さは、不思議な気持ちがします。知識など、いくら積んでも、それで幸せになることはなく、知識を実践するスピリットが聖く健全でなければならないのに、気が付いていないのです。「知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならない程のことも知ってはいないのです。」(Ⅰコリント8・1-2)

偽りの信仰者は、自分が信仰に誠実のように振る舞い、その知識を開かします。しかし、人を愛するという実践はしていません。神と信仰に関する知識と論理は、実践以外にはその保持を証明することはできません。そして、神を褒めたたえるということをしないで、自分の信仰を誇るのです。「人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。」(同8・3)。要するに、信仰の真偽は、神を賛美するか、自分を誇るかで確認できるのです。

ルカ18章で、「自分を義人だと自認し、他の人々を見下している」(9)宗教的指導者のパリサイ人と、罪を悔いる取税人をイエス様が判別しています。「誰でも自分を高くする者が低くされ、自分を低くする者は高くされるからです。」(14)。

先日、『妻のトリセツ』という本を読みました。聖書ではないので、それを推奨することはないのですが、女性と男性の違いを脳の働きから説明しているのが参考になりました。男の子は、生後8カ月で3m上空からの空間認識ができるそうです。男性は、空間認識力が高いので、地図も位置関係も、人間の位置関係も認識するのですが、女性は体験データを感情と共に蓄積していくので、他の人の経験も感情と共に共有するそうです。それでおしゃべりは、女性の貴重な経験であり、一つの情緒が過去の経験と結びつくのです。ともかく、男女の精神構造と認識力は全く異なっているのです。

先週お話ししたように、神が人を男と女に造られた、ということは、男女は全く違う在り方と性格であるということです。この違いを見下して、相手を劣ると判断することは、神に認められないということになります。日本的な夫婦観で、喧嘩をせずお互いに干渉しないのが良い、という在り方は、聖書に反します。

 夫婦以外でも、上から目線で、障碍者や病者、或は高齢者や幼齢者を劣ったものとみなす人は、健全な人ではありません。人をひいきしたり、おべっかを使ったりするのも同様です。

 つまり、人の違い、民族の違い、国の違いなどを基に差別してはいけないわけで、私たちの思考の中から、それらを取り除く努力をするということが、聖書信仰の実践でもあるわけです。

 それでは競争心がなくなり、努力をしなくなるのではないかと考える人もいるかもしれません。それは、真に価値ある者、神にとって役立つ者となる思考とは違っています。

 先週、「人の歩みの中で、その人の真実が現れ、神の国の基準に適うかどうか吟味される」とお話ししました。イエス様が、「神の在り方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。」(ピリピ2・6-7)。神が身を低くして人間の在り様をご覧になられたのです。この聖句については、いろいろな解釈があるようですが、その後の言葉からも、これで良いと思います。

 「主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人をあくたから引き上げ」(7)られます。同様に、私たち信仰者の働き、神の国の基準も、弱者や困っている者を助けられるかどうか、救いにつなげる努力をするかどうかにかかっているのです。

 「子を産まない女」は神に祝福されていない人であり、劣っていると人間社会では勝手に判断されていました。「子をもって喜ぶ母」とは、その人の働きで、多くの人々を励まし、助け、神の祝福につなげた人のことです。それでこそ、神を賛美し、ハレルヤ!と叫ぶことができるのです。自分の魂が救われたからハレルヤなどと自己中心的な讃美では、パリサイ人と同じになってしまいます。

詩篇113篇

  • 113:1 ハレルヤ。【主】のしもべたちよ。ほめたたえよ。【主】の御名をほめたたえよ。
  • 113:2 今よりとこしえまで、【主】の御名はほめられよ。
  • 113:3 日の上る所から沈む所まで、【主】の御名がほめたたえられるように。
  • 113:4 【主】はすべての国々の上に高くいまし、その栄光は天の上にある。
  • 113:5 だれが、われらの神、【主】のようであろうか。主は高い御位に座し、
  • 113:6 身を低くして天と地をご覧になる。
  • 113:7 主は、弱い者をちりから起こし、貧しい人をあくたから引き上げ、
  • 113:8 彼らを、君主たちとともに、御民の君主たちとともに、王座に着かせられる。
  • 113:9 主は子を産まない女を、子をもって喜ぶ母として家に住まわせる。ハレルヤ。