「幼子への迫害。」 マタイ2章13~23節

保育園のアドベント礼拝では、ソ連時代の教会迫害の状況をお話ししています。信仰者の試練と迫害は付き物で、どの時代、どの地域でも平穏に暮らしていると堕落してしまい、そして試練が起こって来るのです。「イスラエルの子らは、主の目に悪であることを行った。」(士師記6・1)、「すると、イスラエルの子らは主に叫び求めた」(6・6)、「あなたがたはわたしの声に聴き従わなかった。」(6・10)とあるのと同じです。ところがソ連のクリスチャンは、1922年からその宗教迫害に耐えて過ごし、1991年12月25日のクリスマスの日にソ連崩壊まで導いたのです。映像を映します。

ソ連崩壊の原因は、連邦制の同盟的な地方自治と、少数民族や地方の政治的社会的経済的格差が大きいものと言われています。それを分析して中国は、地方分権を抑え、中央政府と共産党による絶対支配を目論見、また、少数民族の権利主張を抑えるべく、独自な要素が強いウイグル族を民族的に抹殺しようとしています。むろん、宗教迫害も強烈なもので、中国共産党崩壊をしないようにと政策を進め、さらに世界支配へと戦略を進めています。日本政府と日本人は、これらに対する緊張感がありません。日本の宗教界自体が、信教の自由や宗教団体への不可侵を守ろうという意識に欠けています。

イエス様の誕生の際にも、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」(マタイ2・2)を探しに東方から博士たちが訪れたことに驚き、ヘロデ王はその幼子を殺そうとします。「夢で、ヘロデのところに戻らないようにと警告された」(2・11)博士たちが来なかったので、ヘロデは「ベツレヘムとその周辺一帯の2歳以下の男の子をみな殺させた。」(2・16)それは預言者エレミヤが預言したことでした。

権力者は、自分の思い通りにならない宗教者を排除しようと動き、サタンもまたその背後に暗躍します。とりわけ、救い主の誕生はサタンの「頭を打つ」(創世記3・15)ことになるほど重大なことです。躍起になって排除しようとします。父なる神がこれらのことに沈黙しておられるのは、最終的な勝利があるからですが、全知全能ならぬサタンや人間は、力の限りを尽くして阻止しようとするのです。

この聖家族のエジプトへの逃避行は3年半とも言われますが、その資金は博士たちが贈った高額な黄金、乳香、没薬から得たのです。神様は、備えをしてくださるのです。エジプトへ行くこともホセア11・1とイザヤ19・25に預言されています。

父なる神がなぜ、このような信仰者に対する迫害を許容されるのかと疑問を持つ人もおります。「試練で試された信仰」(Ⅰペテロ1・7)とありますが、試金石とは金の純度を測る石です。信仰を純粋かつ熱心なものにするのが試練であり、偽りの信仰は試練によって消滅してしまうのです。

櫻井先生のセミナーで学んだように、神に100%委ねて聖霊と共に生きることがクリスチャンの使命ですから、生きるか死ぬかのチャレンジの中で信仰が純粋化され、私たちは聖化されていくのです。

私が説教する時には、Jバイブルがあって簡単に検索引用ができます。調べ事もネットで簡単です。しかし、聖書にこれは預言の「成就」(17)とある時、膨大な聖書の中から熱心に聖書を調べたことが想像されます。東方の博士たちの救い主来拝の犠牲と熱心さにも感嘆します。世が乱れ、不法がはびこり、信仰者が堕落する時、彼らの信仰は熱心かつ純粋になるばかりだったのです。

「時が近いからです。不正を行う者には、ますます不正を行わせ、・・・聖なる者はますます聖なる者とならせなさい。見よ。わたしは直ぐに来る。それぞれの行いに応じて報いるために、わたしは報いを携えて来る。」(黙示録22・10-12)。

先日、近くの商店主と稲毛の商業の落込みを話しました。自治も高齢者によって維持されているけれど、あと10年が限界と話しました。公務員、官僚、政治家の事なかれ主義、無責任ぶりも日本の崩壊を予測させます。これに富士山の噴火や大地震などが起こったら、もはや立ち直れずに崩壊するでしょう。

不測の事態に備える人は、どんなことがあっても抜け出せるでしょう。二千年前に神の子が生まれても、祝いに駆けつけたのは少数の羊飼いだけでした。他の人は聞く耳がなかったのです。「わたしを見た人は、父を見たのです。」(ヨハネ14・9)。それでも真理も救いも求めず、神の御子を十字架に掛けたのです。「サタンがあなたがたを麦のようにふるいに掛けることを願って、聞き届けられました。」(ルカ22・31)。艱難の夜は長いのです。「賢い娘たちは自分のともし火と一緒に入れ物に油を入れて持っていた。」(マタイ25・4)。試練や艱難の中でも自分の信仰を保持する油を十分に持っていなければなりません。簡単に火が消えてしまうならば、救い主を迎え入れることができないのです。

マタイ2章13~23節

  • 2:13 彼らが帰って行ったとき、見よ、主の使いが夢でヨセフに現れて言った。「立って、幼子とその母を連れ、エジプトへ逃げなさい。そして、私が知らせるまで、そこにいなさい。ヘロデがこの幼子を捜し出して殺そうとしています。」
  • 2:14 そこで、ヨセフは立って、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトに立ちのき、
  • 2:15 ヘロデが死ぬまでそこにいた。これは、主が預言者を通して、「わたしはエジプトから、わたしの子を呼び出した」と言われた事が成就するためであった。
  • 2:16 その後、ヘロデは、博士たちにだまされたことがわかると、非常におこって、人をやって、ベツレヘムとその近辺の二歳以下の男の子をひとり残らず殺させた。その年齢は博士たちから突き止めておいた時間から割り出したのである。
  • 2:17 そのとき、預言者エレミヤを通して言われた事が成就した。
  • 2:18 「ラマで声がする。泣き、そして嘆き叫ぶ声。ラケルがその子らのために泣いている。ラケルは慰められることを拒んだ。子らがもういないからだ。」
  • 2:19 ヘロデが死ぬと、見よ、主の使いが、夢でエジプトにいるヨセフに現れて、言った。
  • 2:20 「立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に行きなさい。幼子のいのちをつけねらっていた人たちは死にました。」
  • 2:21 そこで、彼は立って、幼子とその母を連れて、イスラエルの地に入った。
  • 2:22 しかし、アケラオが父ヘロデに代わってユダヤを治めていると聞いたので、そこに行ってとどまることを恐れた。そして、夢で戒めを受けたので、ガリラヤ地方に立ちのいた。
  • 2:23 そして、ナザレという町に行って住んだ。これは預言者たちを通して「この方はナザレ人と呼ばれる」と言われた事が成就するためであった。