主の恵みによって

                     T.A.男31歳

ハレルヤ、洗礼を受けて2年半。 ただただ主の恵みと憐みによって、ここまで健康を取り戻せた事、そして、多くの人の祈りに支えられ、教会を離れる事なく今日までこれた事に感謝します。

 思えば洗礼を受ける時まで(2000年4月)、本当にイエス・キリストというものを拒み続けていた。 しかし、長年に渡って受けた心の傷や自分の犯してきた罪にとうとう耐え切れなくなリ、初めてイエス様にすがった事は、今でも鮮明に覚えている。 経緯としては機能性低血糖症により、マリヤ・クリニックを受診した事がきっかけだったが、私をキリストへと導いてくれたのは、やはり親父の存在が大きかったと思う。 ここでは細かい事は割愛させて戴き、とにもかくにも、当時の印象では、私が幼少の頃から、頻繁にノイローゼ気味になり、家族を苦しめてきた親父(今では、それが機能性低血糖症だったということが判明。そして、当時、親父も非常に苦しんでいたという事も分かってきた。)がクリスチャンになり、元気になったのだった。 しかし、その様な親父の姿を目の当たりにしながらも、私の父親への恨み・辛みはなかなか拭い去ることが出来なかった。 そして、私自身も多くの罪を重ねて、アルコール依存症あるいは神経症という立派な病名で精神病院に入院してしまった。 この時は自分自身で、どうする事も出来ないほど、心身共に荒んだ生活を送っていた。 精神病院を退院後は、就職もし、これからようやく、人並みの生活が送れるのではないかという段階まできていたのだが、再び酒量が増え、他にもお金を良からぬ方向に使うという悪循環が、再び始まっていた。

 その様な矢先に、親父から自分が行っている教会の牧師夫人が開業している病院で、低血糖症の検査を受けてみないかと促された。 当時、私自身その様な病名を聞いた事がないし、「なんじゃ、そりゃ。」という気持ちで検査を受けた。 しかし、結果は5時間のブドウ糖負荷試験で血糖値が50台を記録するなど、最悪のものだった。数年前より気になっていた慢性の疲労感や倦怠感、またうつっぽく、あれほどお酒を飲むというは、全てこの機能性低血糖症からきていたのだった。 さらには、首が真っ直ぐ向けずに、左側を向きっぱなしという傾性斜頸も、この機能性低血糖症が起因し、自律神経の乱れからきていたのだ。 まさに、この事実を知った時、私は目から鱗が落ちそうだった。しかし、マリヤ・クリニックがクリスチャン系の病院であること(正直、当時はクリスチャンと聞いただけで、拒否をする傾向にあった。) さらには栄養療法なんかでは治らないという、自分の頑固な思い込みから、栄養剤を飲みはするのだが、なかなか真剣に治療を行おうとしなかった。 いや、むしろ酒・煙草、その他良からぬ方向にドップリ漬かっていた私にとっては、この健康的な生活を送るという事は、自分自身の力ではどうする事も出来なった。

 そして、事態はさらに悪化し、再び精神病院に入るかというところまで来て、ぎりぎりのところで柏崎牧師に相談し、初めて自分自身の罪を認め、洗礼を受けることを決心した。 決心したというよりは、神が私を選らん下さったのだ。 この時の私は、もうこれ以上家族に迷惑をかけられない、こんな思いは二度としたくない、とにかく楽になりたいといったものだった。 この時、再び傾性斜頸を患っていた。今、考えるとこれも、神からの恵みで、神にすがってでも治りたいという思いを強めさせてくれた。 そして、上記した平成12年4月に稲毛海岸で洗礼を受けた。この時、すでに聖霊の力が働いていたのか、洗礼式を終えた後、お酒を飲んでもいないのに、さも飲んでいたように頭の中がボーっとし、フワフワとしていたのを覚えている。

 さらに、この時期、牧師とプールに行っており、この時牧師が、「一度教会に来て、離れていくと、その人の状態はさらに悪くなる。」と言った言葉が心に残っており、もう二度とあの様な思いはしたくないという気持ちから、今までの習慣と葛藤しながら教会に通っていたのを覚えている。 病気になる前は、週末というと、夜な夜な、友人と繁華街へ出向き、本当に青春を謳歌していた。 そして、競馬やパチンコ等ギャンブルも多少嗜んでいた。さらには野球やサーフィンも楽しんでいた。 この様な経緯から、日曜礼拝に出るという習慣がなく、この時の戸惑いは言葉には言い表せないものだった。 しかし、あえて自分に御言葉を課し、(ヨシュア記22:5 「あなたがたの神、主を愛し、その全ての道に歩み、その命令を守って、主にすがり、心を尽くし、精神を尽くして、主に仕えなさい。」)、とにかく教会から離れる事がないようにと願いながら、教会へと足を運んでいた。 今では、ようやく教会に行くという事が習慣化され、嘘のように以前ほどの葛藤がなくなっている。 それどころか、教会に行く事が楽しみになってきている時もある。 また、神から力を与えられないと日常生活が送れなくなってきているのも事実だ。

 この時期、生まれて初めて御言葉(聖書)体験をしている。 それは、当時、教会に派遣されていた神学生から与えられたもので、まさにネジ曲がった私の首を治すべく与えられたものだった。 イザヤ書53:4〜5 抜粋で  「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼への打ち傷によって、私たちはいやされた。」。 ここの「彼」のところを「キリスト」とし、「私たち」のところに「A兄弟」と私の名前を入れ、神学生は私の首に手を当て、何度も何度もこの言葉を繰り返しながら、お祈りをしてくれた。 当初は私も半信半疑だったが、神学生が力強く何度も必ず治ると励ましてくれ、いつしか私も自分の首に手を当て、何度も何度もこの御言葉を口にしていた。そして、洗礼を受けてから約1ヶ月後に劇的な聖霊のバプテスマを受け、その日から本当に目に見えて、機能性低血糖症、傾性斜頸は癒されていった。まさに神の業だった。 さらにこの日より、あれほど止められなかった煙草を止める事が出来た。 ちなみにお酒は洗礼を受けてから、酒量が減り始め、ほとんど飲まなくても良い状態になるのに、それほど時間がかからなかった。この聖霊のバプテスマを受けた時に牧師夫人良子師より与えられた御言葉が同じくイザヤ書41:10〜13で 「恐れるな。私はあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手であなたを守る。・・・・・・・・・・恐れるな。わたしがあなたを助けると言っているのだから。」だった。 この言葉も非常に私の心に残っており、後の私の生活の支えとなる。

 その後の私の歩みは、自分でいうのも何だが、まさに神の業というべく、特別養護老人ホームでのボランティアから始まり、ホームヘルパー2級の取得、さらにその資格を利用して在宅介護のアルバイト、看護学校(准看護科)の受験合格と、わずか1年で医療系の道へと主が私を導いて下さった。 そして、今は某精神科病院に勤め、病院での仕事・看護学校での勉強と多くの事を学ばせてもらっている。 まさに看護される側から看護する側への転身だった。これから主がこの私にどのような働きをさせてくれるのか楽しみである。 そして、主は忠実な僕には必ず良い贈り物、祝福を与えて下さると信じている。 これまでも主は私にすばらしい贈り物を下さり、何よりもクリスチャンになる前は感じられなかった平安が与えられている事に感謝している。

  話を御言葉体験に戻すと、晴れて看護学校への入学となったが、それまで男社会の中にいた事が多く、まさに戸惑いの多い学生生活の始まりだった。 親しい友人はハーレム状態で羨ましいと、皆口を揃えて言っていたが、45人中男子学生が3人となると、それどころの話ではなかった。 「目には目を歯には歯を」的な考えが染みついていた私には、何度か自分の中で納得出来ない事もあった。 しかし、その都度聖霊様がとりなし、守ってくれた。 そして、その時、教会に派遣されていた神学生が教えてくれた御言葉が、ヨシュア記1:6〜9 「強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。・・・・・・・」だった。 そして、この御言葉と前述したイザヤ書41:10〜13が学校生活を送る上で(時には職場においても)、私の柱となった御言葉で、非常に勇気づけられた。やがて、人への怒りが祈りへと変えられていった。 今ではあの時は何だったんだろうかと思うほど、普通に接し、学校生活を送っている。 まさに生きて働く神の御言葉を体験することが出来た。 同時に信仰により、力強く生きる事の難しさを教えられた。

 さらに、この頃よりサタンの存在を強く感じ始める。 学校や職場で自分ではなかなか理解出来ない事が起こり(省略)、何か目に見えないいたずらがあるに違いないと思ったからだ。 それまでも礼拝中、牧師の説教の中で、サタンということばを聞いていたが、何かピンとくるものがなかった。 そして教会の中で、「サタンに立ち向かえ」という一冊の本に出会う。 この本はサタンの事が分かりやすく書かれており、サタンというものを理解するのに非常に分かりやすいものだった。 すなわち、サタンとはクリスチャンをターゲットに襲ってくるというもので、結局サタンはイエス様の弟子がこの世に増えていくのが嫌いで、何とか、この世を悪に染まらせようというものだった。それも巧妙な手口を使ってである。 例えばあるクリスチャンの周りにいるノンクリスチャンや時にはクリスチャンにも悪い思いを起こさせ、そのクリスチャンを攻撃させ、潰させようとするものだったり、あるいはそのクリスチャン本人にすくわれる以前の意識を思い出させ、誘惑し、罪を犯させ、主から離れさせようとするものだ等が書かれていた。この時初めて、学校で起こった事、さらに、職場で起こった解せないことがサタンの仕業だったのではないかと思った。 あるいは神が私を訓練するためにこの様な場面に合わせて下さったのかも知れない。

 その約半年後に、サタンと戦う為の御言葉が与えられた。 エペソ人への手紙6:11〜18 「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるため、神の全ての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。・・・・・・・・・忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」だった。 まさにクリスチャンとは目に見えないものに目を向け、忍耐を持って祈り、決して腕力で相手を打ち負かそう、口で相手を打ち負かそうというのではなく、信仰を持ってサタンに打ち勝てとパウロが言っていると思った。 この御言葉により、今までドップリ漬かっていたサタンの世界から、御言葉をしっかり身に付け、この世の罪と断固として戦っていかなければならないのではとも思った。そして、私は、罪の世界に再び陥りそうな時、この御言葉を思い出すようにしている。 ペテロU2:20〜22 「主であり救い主であるイエス・キリストを知ることによって世の汚れからのがれ、その後再びそれに巻き込まれて征服されるなら、そのような人たちの終わりの状態は、初めの状態よりももっと悪いものとなります。 義の道を知っていながら、自分に与えられたその聖なる命令にそむくよりは、それを知らなかったほうが、彼らにとってよかったのです。 彼らに起こったことは、『犬は自分の吐いた物に戻る。』とか、『豚は身を洗って、またどろの中にころがる。』とかいう、ことわざどうりです。」

  そして、今も自分の中にある罪性と戦い、誘惑に陥らないように祈り続けている。 そして、この戦いは、時に非常な苦痛を伴う。 しかし、試練や罪に勝利した時こそ、主に近づき、さらなる恵みが待っているのではないかと信じている。

 最後にこの救いを自分だけのものにするのではなく、一人でも多くの魂が救われればと願い締め括りたいと思う。 アーメン